伝え合う気持ち
久し振りに登校したあたしは、放課後の生徒会室で雑談していた。
学校というのは2週間も公欠すれば流石に新鮮に見えるものだ。
U-15の国別対抗戦のアジア予選を優勝した事で、あたしは青学で有名人になってしまった。
人の横を通ればガン見されたり、「あ、不二愛だ!」なんて指を差されたり。
凄く面倒臭いけど、小学生の時も経験した事だ。
何日かすれば皆があたしの存在に慣れてしまうと思う。
この学校にはきゃーきゃー言われるイケメン男子が沢山いるし、あたしは霞む筈だ。
それにあたしには生徒会室という避難場所がある。
「愛ちゃん、あたしの愚痴聞いてくれてありがとね。
昨日帰国したばっかりなのに。」
あたしが話しているのは、何時も仲良くしてくれる女の先輩。
放送部所属で、黒髪のショートヘアがさっぱりしている明るい先輩だ。
お祝いの言葉を一言だけでも直接伝えたいと連絡が来て、放課後の生徒会室に入った途端、おめでとう攻撃をしてきた先輩の内の一人だ。
十数人からのおめでとう攻撃には驚いたものだ。
でも、その中に手塚先輩はいなかった。
今日は生徒会の活動日じゃないし、手塚先輩は男子テニス部の部長なんだから当然だ。
『テニス部を休ませて貰ったので、平気ですよ。』
生徒会は毎日ある訳じゃないし、部活だって掛け持ち出来る。
其々の仕事が終われば、其々の部活に行く。
今日は軽く顔を出して、軽く話をして帰ろうと思っていた。
でも、仲良しの先輩と雑談していたら、どんどん時間が過ぎていた。
「そろそろ帰ろっか。」
『また何時でも愚痴って下さいね。』
「ありがと!」
クラスに一人や二人、変わった女子は付き物だ。
そういった類いの話をしたあたしたちは、其々のバッグを持った。
先輩は俗に言うスクールバッグだけど、あたしはテニスをしない日でもテニスバッグだ。
この中にはラケット以外に教科書や水筒も入るスペースがあって便利なんだ。
その時、ドアが開いた。
「まだ残っていたのか。」
「あれ、手塚。」
『!』
あたしはテニスバッグをずり落としそうになった。
部活後の手塚先輩がいるではないか。
どんな顔をして手塚先輩を見たらいいのか分からなくて、不自然にサッと視線を逸らしてしまった。
「あ、そうだ、あたし用事思い出しちゃった!
先に帰るわ、またねー!」
『え?!』
早口でそう言った先輩は手塚先輩の横をささっと通り抜け、駆け足で去ってしまった。
あれは絶対に確信犯だ。
生徒会室に残ったのは無表情であろう手塚先輩と、視線がぎこちなさ過ぎるあたしだけ。
―――手塚って愛ちゃんに凄く優しいよね。
そう言っていたのもあの先輩だ。
からかっているのか、それとも本気なのか、何方かは分からない。
沈黙が訪れるかと思ったけど、手塚先輩はすぐに話しかけてくれた。
「予選突破、おめでとう。
お前だけが全勝だったな。」
『あ、ありがとうございます。』
あたしの出場枠はシングルスだった。
同じ日本チームの子がシングルスかダブルスで一勝でもすれば、あたしが二勝を加えて日本の勝利出来る試合順だった。
それがアジア予選のトーナメント優勝へと繋がった。
『手塚先輩は生徒会に用事ですか?』
「そんなところだ。」
『?』
手塚先輩は机にテニスバッグを置いた。
ブレザーや電話のお礼を言った方がいいのに、これ以上此処にいたら顔が沸騰しそうだ。
それに手塚先輩の顔を真っ直ぐに見られない。
あたしはテニスバッグを肩に掛け直し、なるべく平静を装って言った。
『それじゃあ、あたしも帰りますね。』
「待て。」
手塚先輩の横を通り過ぎようとした時、手を掴まれて引き留められた。
突然の手の温もりでビクッと肩が跳ねた。
足を止めて振り向くと、真剣な手塚先輩の顔があった。
その端整な顔を久し振りに見た気がする。
「話がある。」
『話…?』
直感的に怖くなった。
何を言われるのだろうか。
逃げ出したくなったけど、手塚先輩の真っ直ぐな瞳を見てしまったら、もう断れなかった。
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