兄からの忠告

「やあ、手塚。」

「不二か。」

「少し訊きたい事があるんだ。」

不二≠ニ呼ぶと、妹の不二愛を思い出してしまうが、俺は表情を崩さない。
レギュラーメンバーは練習前の柔軟をしている。
不二は俺の柔軟を手伝いながら、俺の背中に言った。

「愛の事なんだけど。」

「…!」

思わず目を見開いてしまった。
まさか彼女の名が出てくるとは思わなかったからだ。

「昨日から元気がないんだ。」

「…そうなのか。」

「君が関係していると思ったんだけど。」

不二の声が普段とは違う気がした。
しかも柔軟で開脚をする俺の背中を押す力が妙に強く、かなり痛い。
彼女から何かを聞いたのだろうか。

「愛から何かを聞いた訳じゃないよ。」

不二は俺の心を読んだかのように言った。
俺の背中を押す力が更に強くなる。

「君は最近、よく愛を目で追っているよね。

何処かを見ていると思ったら、その先には愛がいる。」

不二は周囲に聞こえないように小声で話している。
俺は不二の圧迫から無理に抜け出し、立ち上がった。

「動揺しているのかい?」

「不二、無駄な私語は慎め。」

「その様子を見ると、本当に愛と何かあったみたいだね。」

「グラウンドを走りたいのか。」

「走っても構わないよ。

ただ、言わせて欲しい。」

真っ直ぐに俺と向き合った不二に微笑みはなかった。
不二の言う通り、動揺しているのは否めなかった。

「あの子は明日からオーストラリア入りして、明後日には試合だ。

スポーツ選手にとって、精神面がとても大切なのは君も知っているよね。」

「……。」

「それと、あの子は明るく振る舞っているけど、実は繊細で何かと独りで抱え易い。

僕や姉さんにさえ話してくれない事もある。

傍で支える人が必要だと思うんだ。」

「何故、俺にそのような話をする?」

「君だからさ。」

俺は眉を寄せ、不二の話の意味を考えてみる。
傍で支える人∞君だから
これらを総合的に考えると、俺に彼女を支えるように言っていると解釈してもいい。
その一方で、彼女を精神面で取り乱させるような事をするな、と釘を刺す。
この二点は矛盾している気がする。
やはり不二にはミステリアスな部分がある。

「それで、何周走ればいいかな?」

「ウォーミングアップに戻れ。」

「ありがとう。」

不二は微笑みを浮かべると、俺に背を向けてラケットを取りに向かった。
俺は腕を組み、昨日の事を思い出してみる。
左肘に気付いてくれた事や、試合を受け入れてくれた事に対して、彼女に礼を言いたかった。
それなのに一方的にブレザーを突き渡され、彼女は走り出してしまった。

人目を惹く彼女は凛とした美人で華がある。
努力家で真面目な一方で、少しドジでそそっかしい一面もある。
俺は生徒会でそんな彼女をずっと見てきた。

彼女は俺に経験した事のない沢山の感情を与える。
不二の言う傍で支える人≠ノなる資格は俺にあるだろうか。
自分の気持ちに向き合った時、その感情の正体にやっと気が付いた。



2016.11.21




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