桃城兄妹の見舞い

―――愛ちゃんが急に倒れて…!

―――も…見られ…たく……。

思い出すと寒気がする光景。
倒れている愛を見て、全身から血の気が引く感覚がした。
関東大会を目前にメニエール病と診断され、テニスの試合は必然的に欠場となる。
愛は強がっているが、心の傷は深い筈だ。
たとえ、このように桃城兄妹と騒いでいたとしても、だ。

『あたしの勝ち!』

「くそーっ!」

「お兄ちゃんまた負けちゃったの?」

部活を大石に任せた土曜日の午前中。
桃城が華代さんを連れて愛の病室を訪れていた。
俺は昨日と合わせて二度目の見舞いだが、桃城兄妹は今日が初めてだ。
華代さんは料理本を、桃城は謎のキーホルダーを見舞い品として持って来た。
現在、兄の桃城が愛とゲームをしている最中だ。
華代さんもそのゲームをした経験があるらしく、桃城の隣でゲーム音を聞いて楽しんでいる。
俺はというと、図書館で借りてきたメニエール病に関する本を読んでいる。
少しでも多くの知識をインプットしておきたい。
因みに桃城兄妹はベッド脇の丸椅子、俺はソファーに腰を下ろしている。

「ちぇっ、覚えてろよ…!」

『華代、髪整えてあげる。』

「おい聞いてくれよ…。」

髪を整える?
興味が湧き、本から視線を上げた。
愛がベッド用テーブルをベッド脇に片付け、転落防止のサイドフレームを開けた。
テーブルに置いてあったポーチからブラシと髪ゴムを取り出し、ベッドから身軽に降りると、華代さんの後ろに立った。

『今日はハーフアップを左右に分けて編み込もうかな。』

「お願いしまーす。」

華代さんは微笑んで言った。
慣れた手付きで髪を編み込み始めた愛は楽しそうだ。
凝視していると、愛が俺の視線に気付いた。

『国光もしてあげようか?

小さい三つ編みとか。』

「…結構。」

愛はからかうような目で笑うと、仕上げに入った。
最後に目の見えない華代さんを前から確認すると、大きく一度頷いた。

『出来たよ。』

「ありがとう!」

「愛ちゃん相変わらず女子力高いなー!」

桃城は華代さんの頭を撫でた。
海堂と喧嘩ばかりしている桃城に大切な妹がいるとは知らなかった。
乾は例外として、レギュラー陣の誰もが知らないだろう。
その時、愛がほんの僅かにふらついたのを俺は見逃さなかった。
一瞬だけ顔を顰めた愛は、俺の目を一瞥した。
俺は静かに言った。

「愛、そろそろ点滴の時間だろう。」

「あれ、そうなんスか?

華代、帰らねぇとな。」

「うん。」

『バイオリンの練習、頑張ってね!』

先日、華代さんはバイオリンコンクールの選考会で勝ち上がり、南関東代表となった。
来月には全日本バイオリンコンクールに出場する、と愛が話していた。
華代さんは桃城の手を取って立ち上がると、俺に向けて律儀に頭を下げた。

「手塚さん、愛が馬鹿をしないように見張りをお願いします。」

「ああ、尽力する。」

『何が尽力よ…。』

不満そうに言った愛だが、突然華代さんに抱き着かれて大人しくなった。
目を瞬かせながら、盲目の親友を抱き締め返した。
二人は俺たちに聞こえない程の声音で何かを話すと、華代さんが深く頷いた。
すると、華代さんは憂いのある表情で言った。

「本当に無理しないで。

それと、もうあんな隠し事はしないで。」

『うん……ごめんね。

今回で反省したから。』

「辛かったら電話してね。」

愛は少し前から頭痛と目眩を華代さんだけに相談していたらしく、休むようにと指摘されていたらしい。
しかし、メニエール病の発作は誰にも話さずに隠し続けた。
その結果、入院となってしまった。
もう少し発見が早ければ、此処まで症状が重くなる事はなかった。

「また来るからね。」

『うん!』

親友同士で友情を確かめ合ってから、華代さんは桃城の腕に手を掛けた。

「部長、また午後の部活で!

じゃあな、愛ちゃん!」

「それじゃあ失礼します。」

「ああ。」

『お見舞いありがとう、またねー!』

部屋から出られない愛はドアの前で二人を見送ると、ベッドに腰を下ろした。





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