手の温もり

何をやったんだ、あたしは…!!

国光の様子が普段と違ったとはいえ、おでこに手を当ててあんな偉そうな口を聞くだなんて。
使えない左腕を動かさないようにする事を忘れ、ベッドの上に掛けてあるテーブルにおでこを突っ伏した。
ごっと間抜けな音がした。

『あたしの癖に生意気…!』

「何を言っているんだ。」

『いえ別に何でもありません!』

国光はベッド脇でメニエール病の本を開いている。
これは病名を聞いたお母さんが今朝に購入してくれた物だ。
現実逃避気味のあたしはまだ目を通していない。
すると、ぶつけたおでこに手を当てられた。

「頭痛が来るだろう。

気を付けろ。」

間近で目が合うと、顔が熱くなるのが分かる。
この反応こそ本来のあたしだ。
国光の前でひょんなきっかけで吃ったり真っ赤になったりする。
さっきのあたしは変だった。
沢山のキスを貰ったから、本来の自分に戻れた気がする。

「思えば、前兆はあったな…。」

『メニエールの?』

「ああ。」

あたしは視線を泳がせ、苦笑した。
心当たりがあるからだ。

『例えば?』

「頭痛もそうだが、ふらついていた。」

『最初はちょっと疲れてるだけだと思ってたの。』

「メニエール病だとは思わなかった。」

あたしだって病気が隠れていたなんて思いもしなかった。
ちょっと最近頭が痛くて、ちょっとふらつく。
面倒臭いだなんて軽く考えていた。
なのに、テニスの試合禁止とまで言われた。
逆に軽い運動はした方がいいらしく、軽ーいラリー程度なら許して貰えるらしい。
ただ、それも調子が上向いてからの話だ。
あたしは現実逃避モード全開になり、背凭れにぼふっと背中を預けた。
その瞬間、耳鳴りと頭痛が襲ってきた。
遅れて吐き気がして、口元に手を当てた。

『…っ!』

「愛…!」

『…大丈夫…。』

点滴のお陰で、目眩は軽い。
それでもベッドに座っている筈なのに、宙にくるくると浮いているみたいだった。

「俺は…何をすればいい?」

『手…握って欲しい…。』

右手を取られ、両手でぎゅっと握られた。
今朝の激不味いお薬も効いているのか、発作は前程酷くはない。
本来は飲み薬の頓服がある。
でも、今のあたしは吐き気が強くて嘔吐してしまいそうだから、点滴が抗目眩薬の役割を担っている。

『こんなとこ…国光に見られたくない…。』

「もう何も隠すな。」

耳の中で響く妙な音が煩くて、国光の声が聞こえ難い。
まるで別世界にでもやって来たような感覚だけど、握ってくれる手の温もりが頼りになる。
落ち着くまで何分耐えていたのか分からなかったけど、時計を見ると20分程経過していた。
学校ではもうすぐ部活が始まる時間だ。

『部活…本当に行かなくていいの?』

「今日は大石に任せてある。」

入院したあたしの為に、国光は午後から学校を休んだ。
お兄ちゃんも午前中だけ休んで此処へ来てくれた。
午後から学校へ行ったけど、部活には行かずにまた此処へ来てくれる。
明日は桃先輩が学校を休み、朝から華代を連れてきてくれる。
皆が学校を休んでまで逢いに来てくれる。

『あたし、皆に迷惑かけてる…。』

「迷惑などではない。」

『優しいね、病人だから?』

「……言っただろう、お前だからだ。」

リア充な会話なのに、病気で入院している状況があたしの幸せを邪魔する。

『絶対治すよ、何ヶ月かかっても。』

「ああ、待っている。」

残念だけど、水族館デートは暫くお預けだ。
こんなに心強い恋人がいれば、不味いお薬も痛い点滴も頑張れる。
独りじゃないんだから。
それでも、不安は消えなかった。



2017.2.8




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