別れたくないのに

病院の個室はなかなか広かった。
カーテンを全開にすれば太陽の光が沢山当たる。
真っ白な電動ベッドは背凭れを好きな角度に起こせるし、テーブルを付け外し出来る。
お見舞いに来てくれる人の為の二人掛けソファーや、小さな冷蔵庫やテレビだってある。
ゲームやスマホも自由に触れる。
左腕は目眩止めの点滴の針に繋がれていたから、今は右手だけで3DSを駆使していた。
誤操作だらけで全然慣れない。
服装は上下共に病院からレンタルし、薄水色で前開きの病衣だ。


―――コンコン…


平日の午後にノック音。
顔が綻び、嬉しさを隠し切れずに言った。

『どうぞ。』

「俺だ。」

『国光、来てくれてありがとう。』

3DSをパタンと閉じ、スリープモードにした。
そして、右側にある小さなテーブルに置いた。
学校で倒れたのは昨日。
大学病院に入院しているあたしは、お見舞いに来てくれた国光ににこにこした。
国光はベッドの左側の丸椅子に険しい表情で座った。

「体調は如何だ?」

『今は落ち着いてるよ。

あれ、それは?』

「見舞い品だ。」

受け取った紙袋に入っていたのは、あたしが大好きなファンタジー小説の続編だった。
先日発売されたばかりの最新刊で、ずっと欲しいと思っていたんだ。
本の表紙を見る自分の目が輝くのが分かる。

『やった、ありがとう!

…って、しけた顔しないでよ。』

「それで?」

『ん?』

「検査結果は?」

折角の浮かれた気分も束の間だった。
昨日、救急車で近所の都立病院に連れて行かれたのはよかったけど、大きな大学病院へと移動した。
聴力検査や眼振検査など、深夜の専門的な検査にはとても疲れた。
でも、先生はあたしの症状を聞いて早々と病名が浮かんだらしい。

「愛。」

『あ…ごめん、ぼんやりしてた。』

国光と真っ直ぐに見つめ合っていたけど、すっと逸らしてしまった。
本を右手でテーブルに置き、目を伏せた。
そして、今朝に先生から聞いたばかりの言葉を静かに言った。

『メニエール病。』

自分でも驚くくらい淡々とした声だった。
メニエール病≠ニいう単語は以前聞いた事があった。
耳の奥には三半規管という部分があり、其処にあるリンパ液が人間の身体や頭部のバランスを感知する。
疲労やストレスなどが原因でそのリンパ液が過剰に増え、目眩や吐き気といった症状を引き起こす。
それが、メニエール病。
あたしを襲っていた激しい目眩はその発作だった。

「何故……症状を隠していた?」

国光が怒っている。
それなのに全く怖くない自分がいて、寧ろ弱々しく微笑んでしまった。

『メニエール病の事、知ってるの?

流石は博識な国光だね。』

「質問しているのは俺だ。」

『目眩だなんて言ったら大会を棄権させたでしょ。』

「当然だ。」

国光が拳を堅く握り、唇を噛んだ。
こんな国光を見るのは初めてだ。
ただでさえ感情を顔に出さないのに。

「……俺は今まで何をしていたんだ。」

『国光…?』

「お前を…近くで見ていた筈なのに。」

あたしの勝手な判断が好きな人を苦しめている。
転落防止用のサイドレールの限界まで国光に近寄ると、その端整な顔を覗き込んだ。
点滴している左腕を動かせないから、慎重に。





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