倒れた恋人

久方振りに愛の姿を見た時、無意識に足が動きそうになった。
愛はそれを身振り手振りで制し、コート脇から去った。
部活が終わるまで待っている、と愛は事前にメッセージで伝えてきた。
越前の打球が誤って桃城の顔面を直撃した時、隣で時計を確認した乾が俺に言った。

「残り8分40秒で部活終了だ。」

「分かった。」

相変わらず細かいが、このマネジメント能力がレギュラー陣の能力を向上させているのは事実だ。
乾がふとコートの外を見て言った。

「何やら騒がしいな。」

球拾いをしていた1年生がコートの外で騒いでいる。
グラウンドを何周走らせようかと考えた時、信じられない会話が聞こえてきた。

「誰か倒れたらしいぜ。」
「不二先輩の妹だって。」
「マジ?不二先輩に言った方がいいんじゃないか?」
「手塚部長にも言うか…?
付き合ってるだろ?」

乾にも聞こえていたらしく、すぐに俺の肩に手を置いた。

「手塚、不二には俺が伝える。

お前は様子を見に――!」

乾の台詞を最後まで聞かずに、俺は走り出した。
部員の視線を集めながらコートから出ると、女子テニス部のコートへと走った。
すると、女子テニス部の部長が前方から走ってきた。
俺を見つけると、肩で息をしながら焦って言った。

「手塚君…!

愛ちゃんが急に倒れて…!」

頭が真っ白になりそうだった。
人集りが出来ている場所へと走り、人を掻き分けた。
其処にいたのは、背中を丸くして横に倒れている私服の愛。
そして、愛に泣きながら寄り添う竜崎先生の孫、竜崎桜乃さんだ。

「愛…!」

反射的に跪いて名を呼ぶと、愛が薄っすらと目を開けた。
しかし、その視点は定まっていない。

「愛、分かるか!?」

『…う、っ…げほ…!』

吐き気がするのだろうか、愛はむせるように咳をした。
その背を摩ってやると、少しだけ落ち着いた。
俺は啜り泣く竜崎さんに尋ねた。

「救急車は?」

「ぐすっ…近くにいた人が、呼びました…。」

間もなく救急車のサイレン音がした。
しかし、救急車はこの狭いコート脇には入って来られない。
すると、愛が細々と言った。

『も…見られ…たく……。』

もうこれ以上は見られたくない。
そう言おうとしているのが直感で分かった。
愛が俺に向かって震える手を上げた。
愛の倒れている身体を俺が安易に動かしてしまうのも如何かと思ったが、愛を横抱きにして立ち上がった。
愛はぐったりとしていたが、力を振り絞って俺の首元にしがみ付いた。
すると、人を掻き分けて兄の不二が現れた。

「手塚、こっちだ!」

担架を運ぶ救急隊員がすぐ其処まで来ていた。
不二は先導して人を掻き分け、担架まで逸早く走った。
俺が担架に愛を降ろすと、力尽きたかのようにその腕の力が抜けた。
不二と救急車に乗り込むと、再びサイレン音が響いた。
一体何が起こっているのか、脳が現実を理解するのを拒んでいる。
愛の目から一滴の涙が伝った。



2017.2.3




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