バウムクーヘンと帰国

お土産のバウムクーヘンを大量に購入し、ついに日本に帰ってきた。
長時間のフライトを終え、あたしは空港のだだっ広いロビーで背伸びをした。
気分爽快、体調に異変なし。
お母さんとお姉ちゃんに車で迎えに来て貰い、トランクを荷台に預けた。
そのまま学校へ行くようにお願いし、私服なのに青学までやって来た。
手荷物は小さなショルダーバッグだけ。
お土産のバウムクーヘンは明日渡す予定だ。

時間は平日の夜17時前。
部活終了まで時間があるから、ふらーっと男子テニス部のコートまでやってきた。
フェンス越しに中を覗いてみる。

『あ、お兄ちゃん。』

まずは兄を発見した。
大石先輩とラリーをしている。
そして、一番逢いたかった人を見つけた。

『…国光…。』

あたしが呟いた瞬間、何かを察したんだろうか。
腕を組んでいた国光はあたしを見つけた。
ポーカーフェイスが珍しく公の場で崩れ、綺麗な色の目が見開かれた。
組んでいた腕を解き、こっちへ一歩踏み出そうとする国光に首を横に振ってみせた。
自分の足元を指差し、其処に留まるように伝えた。

部長なんだから、抜け駆けは駄目。

如何やら伝わったみたいで、国光は深く息を吐いた。
腕を組み直したけど、横目であたしを見つめている。
あたしは横目の国光に小さく手を振り、踵を返した。
このまま此処にいたら邪魔になりそうだから、女子テニス部に挨拶へ行こう。
男子テニス部のコートから離れ、女子テニス部のコートへと歩いていると、友達を発見した。
私物のテニスウェアを着ているその子は、木陰で何やら探し物をしている。

『あれ、桜乃ちゃん。』

「え…愛ちゃん?!

帰ってたの?!」

『うん、さっきね。』

ラケットを持っている桜乃ちゃんが木陰から出てきた。
多分、テニスボールをホームランしてしまい、探しに来たんだろう。
辺りを見渡してみると、テニスボールが草陰に一つ。

「聞いたよ、優勝おめでとう!」

『ありがとう。』

あたしは微笑むと、ボールを拾い上げた。
きょとんとする桜乃ちゃんにそれを渡した。

『はい、これ。』

「ボールを探してるって分かったの…?」

『まぁね。』

桜乃ちゃんは顔を赤くして俯き、なかなか上達しない自分を恥じているようだった。
そんなに心配しなくても、努力家の桜乃ちゃんならゆっくり上達すると思う。
桜乃ちゃんと女子テニス部のコートまで行くと、先輩たちが必死で練習していた。
あたしが其処にいてもいなくても、何時もと同じ練習メニューだ。
すると、ボードに何かを書き込んでいる部長と目が合った。
部長は間髪入れずに走ってきて、コートから出てあたしの元へとやってきた。

「愛ちゃん!」

『部長、お疲れ様です。』

頭を下げた時、軽い頭痛がした。
一瞬だけ顔を顰めたけど、何事もなかったかのように微笑んだ。

「優勝おめでとう!」

『ありがとうございます。』

「顔を出しに来てくれたのね。」

『留守にしてしまったので、見学しようと思ったんです。』

これは嘘じゃない。
今日学校に来た最終目的は国光と話す事だけど、女子テニス部を見てから帰ろうと思っていた。

「でも疲れたでしょ、今日は帰っていいのよ?

それとも彼氏と待ち合わせかな?」

『え。』

にやにやされると顔が引き攣った。
部長は大会前にテニススクールで練習するあたしをよく理解してくれるけど、こうやって度々からかってくる。
当然ながら、あの手塚国光が彼氏であるとバレている。

「男子テニス部ももうすぐ終わるし、そっちに行ってらっしゃい。」

『で、でも。』

「いいからいいからー。」

「部長も言ってくれてる事だし、いいんじゃないかなぁ?」

桜乃ちゃんまでそんな事を…!
ただ少し頭痛がするし、お言葉に甘えて男子テニス部のコート脇で大人しく座って待っていようかな。

『それじゃあ、遠慮な――』

遠慮なく向こうへ行かせて頂きますね。
そう言おうとしたのに、最後まで続かなかった。
身体の力が抜けたかと思うと、世界がスローモーションのように見えた。



2017.2.1




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