初めての感情-2

最初のゲームは不二の力量を測る為に消費しようと思っていた。
しかし、その考えは甘かった。
不二はボールの回転を操るのが抜群に上手かった。
サーブでボールを空中に上げる際、手で捻るように早くも回転をかけた。
更にラケットで打つ際にもガットを傾けて回転をかけた。
打球は此方のコートでバウンドしてから極端に右に曲がった。
一本目のサーブに俺は身動きが出来ず、サービスエースを取られてしまった。

……俺が甘かったようだな。

甘い考えのままでは、このゲームを全てサービスエースで落としてしまう。
不二はジャージのポケットに入れていたボールを手に取り、俺の目を真っ直ぐに見た。
兄と同じ色の目が俺を映している。

『次、いきますよ。』

「来い。」

不二の手元とラケットに視線を集中させる。
不二は先程とは逆回転でボールを上げ、ガット上で更に強い回転をかけたサーブを使用した。
打球は左右の何方にバウンドするのか。
俺は右を選択し、左腕でラケットを振り抜き、際どいラインへと打ち返した。
不二は驚いた素振りを見せず、小さく微笑んで俺の打球を打ち返す。

『何方に跳ねるか、よく分かりましたね。』

「集中して見れば分かる。」

『そんな人は滅多にいません。』

不二の打球は女子とは思えない程に重い。
あの細い腕からこれ程の打球を放つとは。
お互いが何か仕掛けるのを待つかのように、長いラリーが続いた。
すると、不二の表情がふと険しくなった。
その隙に一層力強く打ち返し、不二はそれを打ち返せなかった。

「油断するなど、全日本女子ジュニアチャンピオンらしくないぞ。」

俺が厳しい声で言うと、不二は目を細めた。
そして、ラケットを持ったまま俺に近寄ってきた。

「…!」

不二は俺の目の前まで来ると、俺の左腕を確認するかのように手でそっと触れた。
これには驚き、俺は目を見開いた。

『左肘。』

不二の呟くような声に、言葉を失った。

『無意識に庇っていますね?』

今まで試合相手には誰にも気付かれなかった左肘の負傷。
負傷したのは過去であり、完治したと思っている。
試合で誰にも気付かれた事はなく、庇っていたつもりもない。
それなのに、何故気付いたのだろうか。
不二はあのラリーの間に、その優れた洞察力で俺の左肘に気付いたというのか。

「庇っている、だと?」

『手塚先輩が気付いていないだけです。』

お互いに見つめ合っていたが、不二が目を逸らした。
そして俺に背を向けたまま自分のテニスバッグを開け、ラケットを片付け始めた。

『今後も長期戦は避けた方がいいと思います。』

「待て、まだ試合は終わっていない。」

『あたしは嫌です。』

不二は未だにコート上に立つ俺を見た。
その切ない表情が俺の胸を乱す。
不二はそのまま俯き、苦しげな声で言った。

『手塚先輩の左肘に負担を掛けるのは……嫌です。』

不二はこの試合で俺の左肘に負担が掛かり、今後に影響するのを恐れている。
不二の手は僅かに震えていた。

『だから…この試合は続けられません。

本当に、本当にすみません。』

不二は頭を深く下げた。
俺は立ち尽くしていたが、不二に近寄ってその小さな肩に右手を置いた。

「顔を上げろ。」

『うう…怒りましたよね…。

もういっそ生徒会役員の書記をクビにしてくれてもいいですから…。』

「不二。」

『私の事をこれからブス間抜け馬鹿女って呼んでくれてもいいですから…。』

「俺の話を…」

『だから如何かお兄ちゃんの事だけはテニス部で不遇にしな――』

「不二!」

俺はラケットをその場に放り、両手で不二の肩を小さく揺さ振った。
不二ははっとすると、俺の顔を見上げた。
何故か不二の頬が染まった。

「俺の話を聞いてくれ。

俺は怒ってなどいない。」

『本当…ですか…?』

「ああ。」

不二は目に涙を溜めた。
泣かれるのは非常に困る。
女子に泣かれるなど、未だ嘗て経験した事がないのだ。

「それにお前は不細工でも間抜けでも馬鹿でもない。」

『え?』

「これは本心だ。」

俺は地面に落としたラケットを手に取り、自分のテニスバッグに片付けた。

『あっ、ボール…!』

不二は逃げるようにその場を離れ、転がっていった2つのボールを拾いに向かった。
何故、不二の顔が赤いのだろうか。
分からないまま、帰る準備が整った。
家まで送ると申し出たが、不二はそれを頑なに断った。
公園を出ると「お疲れ様でした」と早口で言い、小走りで帰ってしまった。

左肘の負傷は2年前の話で、完治した筈だった。
しかし、無意識に庇いながら試合をしていると指摘された。
今後も再発する可能性がある、と不二は言いたいのだ。
その洞察力には驚かされた。

帰路に着きながら思う。
やはり俺は不二に嫌われているのだろうか。
生徒会長であり、兄の友人でもある俺の申し出を断り切れず、躊躇いながらこの試合を受けたのだろうか。
まるで胸に鉛が残っているようだ。
初めての感情に戸惑うばかりだった。



2016.11.9




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