生徒会長と書記-3

あたしはジェンガのような本を慎重に腕に抱えながら、廊下をゆっくりと進んだ。
先輩たちに大丈夫だと言い張ったけど、やっぱり視界が悪い。
もし前を通る人がいたら避けて貰うしかない。
すると突然、本がふわっと軽くなった。

『へ?』

開けた視界。
目の前には憧れの手塚先輩。
あの手塚先輩を目の前にして、あたしの脳内はフリーズした。
手塚先輩は何冊か本を持っている。
この状況を理解するのに時間が掛かった。

『て、手塚先輩…?!

もしかしてあたしの本取りました?!』

「取ったとはなんだ。」

『持って頂いちゃったりしていますか?!』

「……。」

緊張で喋り方が可笑しくなった。
手塚先輩の無表情は何を考えているのかが全く分からない。
でも、手塚先輩は笑わない事で有名だ。
常にポーカーフェイスを崩さない。
お兄ちゃんでさえ、手塚先輩の笑った顔を見た事がないという。
あのにこにこお兄ちゃんを前にしても、だ。

「危ないだろう。

手伝ってやる。」

『あ……ありがとうございます。』

誰もいない廊下を二人で歩く。
長い廊下に私たちの足音が静かに響く。
今日はやけにドキドキする日だ。
二人きりになるのはこれが初めてだったりする。
こんなチャンスは今後も滅多にないだろう。
思い切って好きな人でも聞いてみようかな。

いやいや、絶対に駄目だ。
あたしは手塚先輩の事が好きです、って言ってるようなものじゃないか。
気持ちがばれちゃったら、手塚先輩にとっては迷惑でしかない。
きっとあたしは生徒会にいられなくなる。

「不二。」

『はははいっ。』

突然の手塚先輩の声にびっくりして、返事をする声が少し裏返ってしまった。

「お前はテニスが強い。」

『え、えっと…?』

何が言いたいんだろう。
突然テニスの話になり、あたしは混乱した。

「俺と試合をして欲しい。」

『………は?!』

あたしが手塚先輩様と試合!?

「嫌なら無理にとは言わない。」

『嫌な訳じゃ…!』

手塚国光といえば、強豪ばかりの中学男子テニス界で知らない者はいない程の実力者だ。
今年の中学3年生は全国的にとてつもなく強いそうだけど、その中でも特に秀でている。

「兄の不二からお前は良い練習相手になると聞いている。」

『確かにお兄ちゃんの練習相手はしてますけど…。』

でも、手塚先輩と試合なんて。
緊張でラケットを振れないかもしれない。

頭のキャパシティーが悲鳴を上げている間に、図書室に到着した。
時間的にもう遅いから、人が殆どいない。
さっさと本を返して図書室を後にした。
静かな廊下を歩くと、また緊張してきた。
胸が苦しいくらいにドキドキする。
私は手塚国光という一人の人間の事がこんなにも好きなんだ。

「それで。」

『?』

「試合は受けてくれるのか?」

目を見て申し出る手塚先輩は、この話に本気らしい。
あたしは無意識に髪を耳に掛け、眉を寄せた。
数秒間考えると、微笑んでみせた。

『分かりました。』

「日程は何時がいい?

お前の都合に合わせる。」

『お話した通り、今月末はU-15の国別対抗戦のアジア予選でオーストラリアへ行くので…。』

あたしは国が指定する女子テニスのジュニア強化選手で、15歳以下の女子が対象の国別対抗戦のアジア予選に出場する。
出場人数は4人で、試合期間は1ヶ国との対戦につき3日消費する。
準優勝以上で決勝大会へ進出だ。
今回は8ヶ国でのトーナメント戦になるから、勝ち残れば滞在期間は延びる。

『なるべく早い方がいいです。』

「なら、今日は如何だ。」

『今日ですか?!』

「いや、すまない。

早過ぎるな。」

『あ…いえ、構いませんよ。』

手塚先輩が目を見開いた。
それは気のせいかと思うくらい一瞬だったけど、あたしは見逃さなかった。

『この後、是非。』



2016.11.7




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