桜乃ちゃんと変人-2
桜乃ちゃんがあたしに気を遣って、そそくさと先に帰ってしまった。
気が弱くて優しい子だから、申し訳ないと思ったんだろう。
一方のあたしは名前も覚えていないようなクラスメイトに、待ち合わせだなんて嘘をつかれた。
名前も知らない変人を睨み付けた。
『………何なの。』
不機嫌になるのは当然だ。
あたしもさっさと帰ってしまおう。
桜乃ちゃんを追いかけて、早く弁解しよう。
「こっち!」
『ちょっと…!』
突然手首を掴まれ、引っ張られた。
手塚先輩はこんな風に乱暴にはしなかった。
頬を抓るあたしの手をそっと握ってくれた。
なのに、何だこいつは。
『離してよ!』
女子テニス部のコート脇で、あたしはクラスメイトの手を振り払った。
ただでさえ人が通っていないから、あたしの警戒心は剥き出しだ。
誰か通ってくれないだろうか。
「ずっと話したかったんだ。」
『そんなのそっちの都合でしょ!』
なるべく大きな声で言うと、サッカーボールを片手で持つクラスメイトと距離を取った。
でも、その分だけ近寄ってきた。
『これ以上近付いたら大声出すから。』
「お前って好きな奴いんの?」
『はい?』
います、と言ってしまおうか。
それよりも如何してそんな質問がこんな奴から飛んでくるのか、理解出来ない。
あたしは平静を装って言った。
『…いない。』
「なら俺と付き合ってよ。」
訳が分からない。
頭でも打ったんだろうか。
『嫌。』
「付き合ってくれてもいいじゃん。」
『そういう事は好きな人に言いなさいよ。』
「好きな人に言ってるんだけど。」
この人、怖い。
真っ直ぐに見つめてくるから、余計に怖い。
「本気なんだ。
入学式で初めて見た時からずっと好きだった。」
あたしが手塚先輩を好きになった日と同じだ。
入学式で手塚先輩を初めて見た日からずっと、手塚先輩の事が好きだった。
何処か狂気さえ感じさせるこの人の目が本気だと語っている。
サッカーボールを静かに落とし、射抜くように見つめてくる。
逃げなきゃいけない。
そう思って踵を返した時、右の二の腕をきつく掴まれた。
『痛…っ!』
テニスをする大事な腕に指が食い込む。
平手打ちをしてやろうと振り返った時、あたしは息を呑んで目を見開いた。
「返事がまだ――」
「何をしている。」
クラスメイトの肩を牽制するように掴む人。
それはあたしが一番逢いたかった人だった。
2016.12.1
←|→