秘密に要望返し

―――手塚先輩が好きです。

愛の言葉が俺の脳裏に反芻される。
愛と同じ気持ちであると確認してから、帰り道を二人でゆっくりと歩いていた。
お互いに触れ合いそうな距離で歩いていると、愛が俺の手にそっと触れてきた。
思わずあの感情が湧き上がり、少し目を見開いて恋人を見た。

『あの……付き合ってる事、秘密にしませんか?』

「何故だ。」

『申し訳なくて。』

「何を言っている?」

何が申し訳ないのか、全く理解出来ない。
不安そうに視線を伏せる愛の手を握った。
愛は驚いて俺を見上げ、頬を染めて目を瞬かせた。
以前からこうやって頬を染めていたが、その理由が俺に好意があったからだとは思わなかった。
愛に鈍いと言ったが、俺自身も相当鈍いのかもしれない。

『だって手塚先輩は手塚先輩ですよね?』

「?」

『生徒会長で男子テニス部の部長で…。

部員にグラウンドを走らせまくる部長があたしなんかと付き合ってるなんて広まったら…。』

「なんかとは何だ。」

グラウンドを走らせまくる、という表現にも突っ込もうと思ったが、今はやめておく。
愛が不安そうな瞳で見つめてくると、俺は素直に折れるしかなかった。

「分かった。

お前が希望するなら、そうしよう。」

『ありがとうございます。』

女性と交際するという経験が全くない俺には、交際という概念がよく理解出来ていない。
それが数々の感情の正体に気付かなかった原因でもある。

「なら、俺にも要望がある。」

『何でしょう?』

「敬語をやめて欲しい。」

『え。』

愛の手に力が入った。
信じられないという顔をしている。

「二人の時だけで構わない。」

『わ、分かりました。』

「…。」

『あっ、ごめんなさい!

わ、わ、分かった………です。』

何とかして敬語を外そうと努める愛を見ていると、微笑ましくなる。
しかし、表情に出ないのは俺の特性だ。

「ゆっくり慣れていけばいい。」

『はい。』

愛は照れ臭そうに微笑んだ。
こんな表情を見られるのは俺の特権だ。
交際とはこういった幸せの積み重ねなのかもしれない。
閑静な住宅街にある不二宅へ到着すると、玄関前で名残を惜しみながら手を離した。
そして愛の頭に手を優しく置き、初恋の人に言った。

「また明日逢おう。」

『はい、今日はありがとうございました。』

愛がドアの鍵を開けてから最後に手を振り、俺も手を小さく上げて応じた。
ドアが閉まると、『ただいまー』という元気な声が聞こえた。
俺は踵を返し、自宅へと向かった。

愛が俺に与えた初めての感情の数々。
それは俺が愛に惹かれているという気持ちから派生したものだった。
拒絶されているのではないかという苦しさや、桃城と愛が二人で話している時に感じた嫉妬。
愛の様々な反応を見た時の愛しさ。
それらは全て、恋愛によるものだった。

俺は愛と上手くやっていけるだろうか。
明るい愛に対して、俺はそうではない。
今後、愛に負の感情を与えてしまうのが心配だ。

帰宅後、部屋で振動したスマートフォンの画面を除くと、連絡先を交換したばかりの愛からメッセージがあった。

―――――
お兄ちゃんに気付かれちゃいました…!
―――――

早速、油断したようだ。



2016.11.26




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