時は突然に-3
小夜とイーブイを背中に乗せ、スイクンは風のように森を駆け抜けていた。
たった今膝に飛び乗ってきたイーブイに、小夜は驚きを隠せなかった。
『イーブイ?』
“命の恩人である君のお供をしたいの!”
女の子であるイーブイはそう言った。
小夜は一瞬黙ったが、すぐに微笑んで頷いた。
『ありがとう。』
あんな念力を見せた後にお供をしたいと言ってくれるイーブイが、小夜は嬉しかった。
引っ掛かるのは自分が人間とポケモンの両方の遺伝子を持っている事だ。
この事実が小夜の人生に今後も多大な影響を及ぼす事は大いに考えられる。
それは小夜の不安要素となっていた。
駆けていたスイクンが草影で突然立ち止まった。
小夜は振り落とされないように片腕でスイクンの鬣にしがみつき、逆の腕でイーブイをしっかりと抱えた。
『何、如何したの…?』
スイクンが隠れるように屈むと、小夜はイーブイと共に静かにスイクンの背中から降り、同じように草影に身を潜めた。
スイクンがとある一点に視線を集中させているのを見て、小夜も瞳を凝らした。
かなりの距離があり、木々に視界を邪魔された為、一体何なのか判別するのに時間を費やした。
『こんな処に……飛行船?』
スイクンとイーブイにしか聴こえない程の小声で言った。
スイクンは睨むように飛行船を見つめている。
小夜の言う通り、それは飛行船だった。
大型トラック二台分程の大きさで、飛行船にしては小型だ。
プロペラの姿はなく、ガス燃料のみで飛行する最新型だった。
赤い文字でR≠ニ塗装され、黒の飛行船によく映えていた。
まだ着陸したばかりのようで、砂埃が辺りに立ち込めていた。
スイクンの表情があまりに険しいのを見て、小夜は疑問に思った。
『スイクン、あれは何なの?』
スイクンは小声で説明した。
“あれはロケット団といって、ポケモンを犯罪や実験に悪用する秘密組織だ。
あのR≠ェ何よりの証拠だ。
世界征服を目論み、強いポケモンを手に入れる為に、現在は各地で伝説のポケモンの捕獲を試みている。”
『ロケット団?』
伝説のポケモンの捕獲が目的なら、スイクンがこの場にいるのは危険だ。
ポケモンを実験に利用するなど、まるで昨日まで小夜が住処にしていたあの研究所のようではないか。
四年間もあの研究所にいながら、実験の事実に気付いたのはつい昨日だ。
もっと早く気付けなかったものかと内心悔んでいた。
小夜にとってロケット団の存在は初耳だった。
研究所に閉じ込められていた為、外界の知識が少ないのは仕方がない。
小夜が拳を握る隣でイーブイも依然と屈んでその飛行船を凝視していたが、突然はっとした。
平穏に暮らしていた自分と仲間を襲った人間たちの光景を思い出したのだ。
イーブイは小夜のワンピースの袖を噛んで引っ張り、小声で言った。
“私を襲った人間の衣装にもR≠フ文字があった!
研究所に連行される前に、あいつらが私を捕まえたんだ!”
『……まさか。』
本当にロケット団が捕獲したポケモンをあの研究所が使用していたとすれば、裏で取引をしていると考えられる。
海の上の孤島に存在しているあの研究所は、隠れるようにして存在していた。
ロケット団の資金によって運営されている事も最悪有り得なくはない。
なら、バショウは?
彼もロケット団と研究所との関連を知っていてあの研究所で勤務していたのだろうか。
研究員が残酷にもイーブイを実験に堂々と利用していた事を考慮に入れると、その可能性は高い。
小夜は頭の中が混乱し、両手で顔を覆った。
地下で行われた戦闘訓練を嫌でも思い出す。
まさかあのポケモンたちもこのロケット団とかいう奴らから強制的に連れて来られたポケモンかもしれない。
イーブイが心配そうに小夜の顔を見上げる。
小夜がどのようにして生きてきたのか。
小夜が何者なのか。
何も知らないイーブイとスイクンは心配そうにお互いの顔を見合わせた。
―――ガコン!!
音沙汰のなかった飛行船のハッチが二つ同時に開いた。
スイクンは目を細めてそれを見つめた。
その一つは荷室の大きなハッチ。
もう一つは人間が出入りに利用するハッチで、其処からロケット団員三人が飛び降りた。
全員男性であり、顔にはマスクをしていて、その服装にR≠フ刺繍があった。
それを見てイーブイは間違いなくあの衣装の人間が私を捕まえたんだと強く主張した。
飛行船の周りには徐々にポケモンたちが集まり、不安そうにロケット団を覗っていた。
「レディバ、ホーホー、ビードルにキャタピーか。」
「もっと珍しいポケモンはいないのか?」
「てめぇらじろじろ見てると全員捕獲するぞ。」
イーブイは自分が捕獲された時を思い出した。
街外れの平穏な草むらに突然出現したヘリ。
そのヘリにはポケモンを捕獲する為の武装が備わっており、光線から光弾まで様々だ。
そして今回はヘリではなく飛行船であり、イーブイが経験した以上の武装が搭載されている事は間違いない。
小夜は手から顔を上げた。
絶対に捕獲なんてさせない。
ロケット団なんて潰してやる。
「貴方たち、自分の役割を忘れたのですか。」
「隊長!」
「申し訳ございません!」
小夜は紫色の瞳を見開く事も忘れ、思考が完全停止した。
聴き間違いならどれだけ良かっただろう。
だが四年間慣れ親しんだその声を、小夜が聴き間違える筈がなかった。
飛行船から姿を現したのは、あのバショウだった。
2013.1.16
←|→