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隣を歩くなまえの髪の毛に、夕陽の橙色が反射して川面のように輝いている。土手の下をゆったりと流れる川の静かなせせらぎが耳を撫でた。
日曜日。なまえが河川敷での練習を見に来てくれた。その上サッカー部の皆に差し入れまで持ってきてくれて、そんな穏やかな日の帰り道。
隣で今日の練習について興奮気味に語っていたなまえが、ふと俺を見て何かに気付いたらしく、肩に提げた大きな鞄から小さなポーチを取り出した。
「こういうの、用意されてるって分かってたんだけど、万が一ってこともあるだろうと思って」
そう言ってにこにこしながら辺りを見回し、土手の草色の斜面を指差したなまえは、俺の手を引いてそこへ向かう。前を歩くなまえの危うい足元がたまに滑りそうになるのを手を引いて止めたりしながら、中腹辺りまで歩いた。
「持ってきて良かった」
「?」
なまえはその場に腰を下ろして、隣の地面をぽんぽんと叩く。首を傾げつつもなまえの隣に座ると、彼女は口元を緩めて、ポーチからポケットティッシュとマキロンを取り出した。
どこか怪我したのだろうか。慌ててなまえの肩を掴んであほ毛からつま先までぐるりと確認したがどこにも怪我など見付からず、代わりに今日はいつもよりあほ毛が大人しいことが分かった。
「どこか怪我したんじゃないのか?」
眉根を寄せて訊くとなまえは一瞬呆けて、すぐにくすくすと笑いだす。マキロンを持った方の手で器用に俺の顔を指差して「一郎太が、ね。」と言った。なまえの人差し指は俺の左の頬へ向けられている。そっと触れるとチクリと痛み、左手の指先に血が付いた。記憶を探ると、練習試合でボールを奪おうとした際のスライディングで擦りむいたのだと分かる。前髪で隠れて見えなかったらしい。自分でも気付かなかったのは、きっとなまえが練習を見に来てくれたことに知らない内に浮かれていたのだろう。
傷口の傍に宛てられたティッシュに前髪が被って邪魔そうだったので、まとめて耳に掛けると、なまえは口を開いて固まった。
「…変か?」
「いや、可愛いと思って」
真顔で言って傷口にマキロンを垂らすなまえ。消毒液が傷口に滲みるのさえ忘れてしまうほどに、心臓の鼓動が激しくなる。左の頬に添えられたなまえの手に顔の熱が伝わらないか心配だ。
なまえが手を離すと、俺の頬にはいつの間にか絆創膏が貼られていた。不思議と痛みは消えていた。
「はい、おしまい」
「あ、ああ。ありがとう」
上の空でなまえを見ていた俺は慌てて前髪を下ろして、視線を川に投下する。川の水面をさらさらと流れる葉っぱが、飛び出た岩につかえる。
夕陽は沈みきる寸前。辺りは静けさに包まれせせらぎだけが響いている。つかえていた葉っぱがやがて流れに戻るのを見届けて、ポーチを鞄にしまうなまえの腕を引き寄せた。
なまえの方が何百倍も可愛いよ、なんて言ったら彼女はどんな顔をするんだろうか。
茜色のバンソウコウ
100622/めぐり