一面の銀世界。太陽の光が反射して、きらきら綺麗だ。
ぎしぎしと雪を踏みしめて、まだ誰も歩いてないところまで来た。グラウンドからは随分と離れてしまったけれど、汚されてない雪のためなら大したことじゃない。
ぽつんと一本だけ立った木の横に、ぽつんと腰を降ろす。そのまま後ろに倒れて、手足を思いっきり動かした。マフラーに手袋にと完全防備なのに、そこだけ丸見えな顔に冷たい雪が降り注ぐ。
そのまま仰向けになっていると、薄い水色の空に、ふわふわ白いものが現れた。雲ってこんなに突然現れるものだっけ、と首を傾げると、雲が喋った。

「何してるの、こんなところで。」

だが、雲と思っていたそれは、熊殺しと呼ばれる男の子だった。
その呼び名には到底似つかわしくない可愛らしい、と言ったら怒られるかもしれないが、容姿と、優しそうな話し方。音無さんから聞かされて想像してたのと180度違っていたから、余計そう見えるのかもしれない。先ほどの試合では、一時、別人のようなサッカーをしていて、分かりかけていた彼の人格がまた分からなくなってしまったけれど。

「寝転がってるの。」
「あはは、じゃあ僕も隣、いい?」

陽射しよりも暖かく優しく微笑んで、私の横に寝転がる彼。
さっき、キャラバンへの参加を快く受け入れた彼だけど、こんな分からない人、ちょっと怖いかもしれない。すごく失礼だけど。

「みょうじさん、」

かしこまって言うものだから、自然と口元が緩んでしまう。こうした姿を見ると、試合の時とは別人みたいだなあ、なんて思った。

「なまえでいいよ。これから一緒に行動するんだし。」
「じゃあなまえちゃん。」

何?と吹雪君の方に顔を向けると、天使のような笑顔が目の前にあって、思わず赤面してしまう。

「呼んでみたかっただけさ。」

彼の白いマフラーにくっついている雪がきらりと輝いた。
こんなことが眉ひとつ動かさずさらっと言えるなんて、ただ者じゃない。
更に赤くなる顔を見られまいと背けて、仕返しに士郎君、と呼んだら、笑われただけだった。
そこから、サッカーのことや、雷門のメンバーのことを延々話して、日が傾きかけた頃には、私達は笑い合いながら話すことが出来るようになっていた。
背中が氷のように冷たい。余裕そうに笑う吹雪君のことも、最初よりかは分かってきた。楽しくを信条とする彼となら、それはそれは楽しく過ごせそうだ。

「もう薄暗くなってきたね。」

そう言って空を見上げる吹雪君が立ち上がろうと雪に手を突く。
だが、微かに聞こえた雪が軋む音に気付くと、突然その場にうずくまってしまった。周りには誰も居ない。うずくまったまま震える彼を見て、私はたまらなく不安になって、急いで起き上がった。
みしみしと耳に届く音を頼りに頭上を見上げる。視界に入ったのは、溶けた雪の重さで折れそうになっている木の枝だった。

「なまえ、ちゃん…。」
「大丈夫だよ、士郎君。」

かすれた声で私を呼ぶ吹雪君をどうにか安心させたくて、うずくまる彼を上から抱きしめる。白い毛先が小刻みに揺れている。
夕日が一層強く光ったその時、鳥が羽ばたくような音と共に雪の塊が落ちてきた。腕の中で震える暖かい吹雪君の身体が大きく跳ねる。今にも歯がぶつかり合う音が聞こえてきそうなほど、彼の背中がふるふる震える。
そうして、髪の毛についた雪がぽとりと垂れるくらい、私はずっと吹雪君を抱きしめていた。夕焼けに染まっていた彼の後ろ頭に、影が落ちていく。

「もう…、平気だよ。」

小さく溜め息を吐きながら、吹雪君が言葉を発した。

「でも、もう少しこのままでいいかな…?」

他に光の無い夜空に一つだけ輝いてしまった星みたいに心細くて、でも少し期待を含んだ声だった。何も言わずに頭を縦に振って応えると、か細いありがとうが聞こえた。
暖かい腕の中とは裏腹に、首元に入り込んだ雪が冷たくて、ぞくぞくする。

「ごめんね、頼りないよね、僕。」

そう言う彼の声は、本当に申し訳なさそうで、不甲斐ない自分を責めるようにも聞こえた。
そんなことないよ、と気休めでしかないけど、素直な言葉で慰めようとした私を、吹雪君の声が遮る。

「でも、今度なまえちゃんが危ない目にあったら、どこにいても助けに行くからね。」

彼がそう約束してくれた頃には、いつの間にか夜空が、満天の星空に姿を変えていた。
抱きしめる力を強めて返事をすると、腕の中で吹雪君が小さく笑った。


さるようにして
(士郎君の恩返し)






234:みけにゃさんへ


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