澄み渡った濃紺の夜空に、宝石箱をぶちまけたような煌めきが散らばる。宝石箱、英語で言うとジュエリーボックス。直訳してジュエルボックスではない。ついさっきまでの私だったら間違いなく間違えていただろう。ありがとう、ニューホライズン。私はベランダの外に広がる星空を見上げて、机の上に広げた教科書に心の中で感謝した。
星を数えている間にも夜は更けていく。私はシャーペンを握り直して視線を教科書に戻した。海の向こうの文字がつらつらと並び、目眩のような感覚に陥る。
私は日本人なので英語は必要ありません、そう言ってもテストは免除されないし、これからは国際化の時代だ。教育課程に英語の授業が組み込まれるのも当然といえよう。

「はぁ、日本語が共通言語になればいいのに」
「あはは、僕もそう思うよ」

私の呟きに反応して同意を示したのは、湯気の立ち上るマグカップを両手に一つずつ持った吹雪くんだった。
ベランダに近い方の椅子に座って、ピンクを基調色に猫が描かれたマグカップを私に差し出す。受け取って中を覗くと柔和な白が波紋を立てた。ホットミルクだ。吹雪くんの作るホットミルクは甘さが程好く優しい味がする。

「吹雪くんのホットミルク大好き」
「ありがとう。僕もなまえちゃん大好き」

カップに口を付けていた私は思わず吹き出しそうになって、必死で顔が熱くなるだけにとどめた。意地悪く笑う吹雪くんから顔を背けて、二口ほど飲んだホットミルクを机の脇に置く。一つ咳払いをして教科書に向かい直した。

「ん、Ken is…………た、たるぇあー…?」
「taller?」
「とぉらあ、か!…Ken is taller than Tom.?ケンは…トム…」
「ああ、比較級だね。これは…」

固有名詞しか訳せない私に、吹雪くんが横からひょっこり出てきてヒントを出してくれた。
答えだけパッと言うよりも、それに繋がるヒントを上手い具合に出す方が難しいと私は思う。人に分からせるためには、本当にそれを理解していないといけない。問題については勿論だが、どこが分からないのか、もだ。それが出来る吹雪くんを私は漠然と凄いと思った。教科書の試験範囲が残り少なくなった頃にはマグカップは空になっていた。

「もう一杯どう?」

一休みと言って机に突っ伏していた私は、吹雪くんの問いかけに何度も頷く。
しばらくして再び両手にマグカップを持って戻ってきた吹雪くんは私の前を素通りして、塞がった両手で器用にベランダに続く窓を開けた。

「外の空気でも吸ってちょっと息抜きしようよ」

濃紺を背に吹雪くんが柔らかく微笑むので、私は疲れも忘れてベランダに駆け出た。コンクリートの地面に健康サンダルを滑らせる音が二つ響く。吹雪くんはピンクのマグカップを私に渡すと、柵に肘をついて空を見上げた。
空の裾は相変わらず色彩を淡くして、上空の疎らな星たちを支えている。

「ねえ、」
「ん?」
「全宇宙共通で一番気持ちが伝わるコトバって知ってる?」
「全宇宙?なにそれ」

私は笑いながら星空から視線を落として吹雪くんを見ようとした。が、不意に頬に触れた柔らかい体温に、目が柵の向こうの白けた夜空を映して止まってしまった。
右の頬に微かな吐息が掛かり、ゆっくりと離れていく。私はマグカップの温かさを指先まで感じて、遠く彼方の星が瞬くのと共に瞬きをした。やがて視界の右端から現れた吹雪くんは、目尻を下げてにこりと笑う。

「英語も日本語も要らないよ。なまえちゃんと僕が居て触れ合える。それだけで宇宙すら越えて通じ合えるからね」

そう言って吹雪くんは再び星空へ視線を投げる。私は何も聞かなかった素振りで、頬に手を宛ててマグカップの淵にそっと口を添えた。
それ言葉じゃないよ、なんて揚げ足を取るのはなにか不粋な気がして、ホットミルクと一緒にそんな思考も飲み込んだ。
温くなったホットミルクはいつもより甘く感じた。

君の肌より白く





100622/めぐり
きち氏にマジで感謝!


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