昨日の夜、今日の仕度をしてベッドに入った時からずっとそう、朝起きても胸がずっとふわふわしてる。理由は言うまでもなく分かってるのだけど。
私は睫毛をマスカラでなぞり、ゆっくりと瞬きをして鏡に向かって笑ってみせた。いい感じ、だと思う。玄関の横に置かれた姿見でもう一度全身を見直す。軽く巻いた毛先を無駄に指に巻き付けたりして、くるりと一回りした。ちょっと、スカート短いかな。でも、これくらいだよね。
時計を見るともうすぐ約束の時間。私は携帯を取り出すともう慣れたもので画面を見ずにいつもの番号を呼び出す。コールの間にヒールを履いていたら、コール音がぷつりと途切れて、受話器から街の雑音と気だるそうな声が聞こえた。胸がどきどきとうるさくなる。

「あ、もしもし、静雄さんですか?」
『ああ』
「今どこにいますか?」
『あー…、駅の近く』
「分かりました。すぐ行きますね」
『おう。後でな』

電話を切ってからもざわざわとうるさい胸が妙に心地好くて、私は口元を緩めながらイヤホンを耳に入れてお気に入りの曲を流した。外に出ると想像よりも遥かに明るい空に、自然とヒールの音が高くなる。こんなに楽しい気持ちは初めてかもしれない。私はイヤホンから流れる曲に合わせて、軽快に足音を鳴らしながら待ち合わせ場所へと急いだ。
駅に着くとそこは人でいっぱいで、それでも静雄さんは金髪で背が高くて目立つから、すぐに見付かると思った。私がきょろきょろと金髪バーテンダーを探していると、背後に突如現れた気配に両耳のイヤホンを引っこ抜かれる。

「こんなのしてるから気付かなかったのか」

鳴り止んだ音楽の代わりに聞こえてきた街の雑音にも埋もれない声は、仄かに私を咎めるような色を孕んでいる。びっくりしたのとばつが悪いのとで私が恐る恐る振り返ると、そこにはお探しの金髪バーテンダーがいて、彼は今まで吸っていたであろう煙草を携帯用灰皿に捩じ込んだ。

「ご、ごめんなさい…」
「何がだ?」
「そ、その、声掛けてくれてたんですよね?」
「あー、まあな」

携帯用灰皿をポケットにしまいながら私にイヤホンを返す静雄さんに、もう一度ごめんなさい、と頭を下げる。静雄さんはサングラスを外して胸ポケットに掛けると、私の頭にその大きな手を載せて少しだけ口角を上げた。

「夜道では絶対にするんじゃねえぞ」

臨也みたいな奴もいるし、あぶねえからな。静雄さんは自分で折原さんの名前を出しておきながら忌々しげに目を細めるが、今の私にはその表情すら胸を高鳴らせる要素になった。胸が痛い。私がじっと見上げていると、静雄さんはくしゃくしゃと私の頭を撫でる。顔の前に現れたくるんと巻かれた毛先に、髪が乱れたのが分かり私は焦って静雄さんの手を止めた。

「せっかくセットしたのに…静雄さんひどいです」
「あ、わるい」

ひどく名残惜しかったが、静雄さんの手から頭を離して乱れた髪を手櫛で直す。無表情でそれを見ていた静雄さんは何を思ったか忙しく動く私の手を掴んで近くに引き寄せた。絡まった髪が気になりながらも私は何事かと静雄さんを見上げる。

「あー、お前はどんな恰好でも…」

そこまで言うと静雄さんは不意に言葉を止めて、視線を私から私の後ろにずらし固まった。つられて後ろを振り向くと、遠くの方に折原さんが見える。頭の隅で密かに、あらら、と思った。

「あいつ、池袋には来るなって言っただろうが…」

私が視線を戻すと、静雄さんは目を見開いて歯を食いしばり怒りを露にしていた。私の手を離した静雄さんは、ものすごい速さで走り去っていく。

「ぃいいぃぃざああぁやあぁあぁっ!」

唖然として私が静雄さんを目で追うと、静雄さんの手には何処からもぎ取ったのか、カーブミラーが握られていた。残された私は、遠くで出来た人だかりの中で振り回されるカーブミラーを眺めることしか出来ない。
静雄さん、何を言おうとしてたんですか?私、

おめでたい勘違いをしてしまいそうです





100313/めぐり
女の子女の子してみた


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