本日最後の授業が終わり、甘い香りが漂う教室から一人また一人とクラスメートが出ていく。穏やかな光が窓から差し込み、授業のときのままの姿勢で椅子に座る私の膝小僧を明るく照らした。私はぎこちなく眼球を動かして、横目で半田くんを盗み見る。今は松野くんたちと楽しそうに雑談しているけど、いずれは半田くんも帰ってしまう。太ももに載せた鞄を薄く開き覗き込めば、ラッピングの施されたチョコレートが微かに見える。渡すなら今しか無いのに、腰は重く、なかなか椅子から立ち上がれない。チョコレートを取り出してしまえば、踏ん切りも付いて渡せるかもしれないと思い、鞄に手を突っ込んでみるものの、指先がチョコレートに触れただけでどきりと固まってしまった。こんなことしてる場合じゃないのに。
私が鞄の中で燻る想いを持て余していると、とうとう半田くんは松野くんたちと教室を出ていってしまった。追い掛ければ間に合うのに、私は自分を意気地無しと罵るだけで、力無く鞄を閉じた。
「あーあ」
日も暮れた帰り道、ため息と共に溢れる後悔を垂れ流して、私は深く瞬きをする。結局、あのあと私は、教室で落ち込むだけ落ち込んで、窓から聞こえる部活動に励む人たちの声に八つ当たりして学校を出てきた。苛々と後悔が心の中で入り交じって胸焼けがする。
苛立ちに任せて、鞄からチョコレートを取り出し、昨晩一時間掛けてしたラッピングを乱暴に剥く。いくつか作った中で最も上手く出来たもの選りすぐってきたので、見た目は悪くない。一思いにチョコレートを口に突っ込むと、深い甘みが口に広がり、目頭がじわっと潤むのを感じた。つっと一筋流れたものが唇を撫でて、微かに塩の味がする。
「…みょうじ?」
突如後ろから聞こえた声に、びっくりして足を止めた。再び、みょうじだよな?と確認する声と共に私の前に苛立ちと後悔の原因である半田くんが現れた。私より先に帰ったはずなのにどうしてここに、と思い、すぐに部活だったのだろうと気付く。では、あの八つ当たりしたと思っていた部活の人たちには半田くんも含まれていて、あながち八つ当たりではなかったのか。少し安心しながら、チョコレートの詰め込み過ぎで膨らんだ口のことを思い出し、慌てて手で覆った。もう片手に残ったチョコレートとぼろぼろのラッピングは隠しきれず、それに気付いた半田くんが口を開く。
「それ、」
渡せなかったんだろ、好きな奴に。そう言って得意気ににやりと笑った半田くんに、思わずチョコレートを噴き出しそうになる。その通りだし、半田くんは悪くないけど、本人に言われると、こっちの気も知らないで、となってしまう。
「それで自分でやけ食いか?」
そう言って半田くんが私を指差して笑ったのを見て、私の中で何かがぷちんと切れてしまった。半田くんは悪くない。悪くないって分かってるけど。
私は力任せにチョコレートを握り締め、半田くんの油断しきった口目掛けてラッピングごと突っ込んだ。
「むぐ!?」
驚いたように声を上げる半田くんの口に、指先まで押し入れチョコレートが落ちそうにないと確認して手を離す。
何が起きたのか理解し難いのだろう。半田くんはうめき声を上げたきり口にチョコレートを入れたまま固まってしまった。そんな半田くんの横を走って通り過ぎ、少し走ったところで口の中のチョコレートを飲み込んで立ち止まる。深く息を吐くと何となく心配の鼓動が落ち着いたような気がした。
「…今渡せたからいいの!半田くんの鈍感!好きだ!」
私が一思いに叫ぶと、後ろで半田くんが盛大に咳き込むのが聞こえた。口の端に付いたチョコレートを手の甲で拭って振り返る。半田くんの揺れる後ろ頭に紛れて、真っ赤に染まった耳が見えた。
いつの間にか苛立ちは消え失せ、後悔も口の中のチョコレートと一緒に溶けてしまった。残ったのは甘い後味と半田くんの聞き取りづらいこもった声。
me too
100214/めぐり
「お、ほへほは!」