可愛いね、とか、好きだよ、とか、吹雪くんはすぐに言うけれど、正直、どうしたらいいか分からない。恋を知らない私には、そういうことに疎いところがあるのだと思う。

「あ、あの、今度一緒に映画を観に行きませんか」

こうして、別のクラスの男の子に校舎裏に呼び出されて映画に誘わたりしても、ときめいたりしない。もちろん、嬉しいとは思う。
恋にまったく興味が無い訳じゃない。だからと言って興味津々という訳でもない。でも、恋をしている女の子をいいな、と感じることはある。羨ましいし、私の知らないことを知ってることへの憧れ。つまりは恋への憧れだ。
避けてるだけでは、いつまで経っても恋を知らないまま。一歩を踏み出せば、何か分かるかもしれない。だから私は、恋を知るために一歩を踏み出すことにした。その相手に吹雪くんではない男の子を選んだのは、一種の反抗心だ。

「いいですよ、映画行きましょう」

私がそう言うと、男の子はぱっと顔を明るくして嬉しそうに拳を握った。
恋をすると、こんな感じなのかな。ほんの些細なことでも嬉しくなったり、顔が熱くなったりするのかな。きっとそれは、とても幸せなことなんだろう。

「じゃあ、今週の日よう…」

男の子が口を開いたその時、校舎の陰から人が飛び出してきて、私と男の子の間に割って入った。その人は、ぎろりと男の子を睨むと、私の方を振り返る。

「吹雪くん、」

小さく悲鳴を洩らした男の子を尻目に、吹雪くんは私の腕を掴んで歩き出した。強い力で引っ張られて、転びそうになりながらも駆け足で付いていく。
どうしてこんなところにいたのだろう。もしかして話を聞いてたのかな。
残された男の子が気の毒で振り返ったが、そこにはもう誰も居なかった。

「吹雪くん」

さっき居たところよりも更に人気の無くなった所で、吹雪くんはやっと立ち止まった。私が声を掛けると、吹雪くんは肩を強張らせて顔を俯けたまま、すっと此方を振り向く。

「なんで…、僕には一度もあんなこと言ってくれなかったのに、」

いつもの優しい声とは違って、震える声で呟く吹雪くんが顔を上げる。内心、すごくびっくりした。吹雪くんの顔が赤かったから。いつも飄々と笑っている吹雪くんとは思えない。

「僕は、僕が一番…、」

吹雪くんの空いた方の拳が強く握り締められて、私の腕を掴む手の力も強まる。少し痛い。女の子に限らず、誰にでもそうだけど、吹雪くんは基本的に優しい。酷いことも痛いことも決してしない。なのに今の吹雪くんは、本当に、吹雪くんじゃないみたい。

「吹雪くん…痛い」
「少し黙って」

私の目から視線を落として、吹雪くんは唇を噛み締める。
吹雪くんは私の腕から手を離して、その華奢な両手で私の肩を掴んだ。そして、頬を赤らめて顔を上げる。暫く視線をうろうろと泳がせたあと、吹雪くんは漸く私の目を捉えた。いつもの吹雪くんなら、こっちが恥ずかしくなるくらいに、迷わず真っ直ぐに見つめてくるのに。
明らかに普段とは様子の違う吹雪くんに、私も彼から目が逸らせない。
吹雪くんがすっと短く息を吸うのと同時に、私の心臓の鼓動が止まり静かになった。

「好きなんだ、君が。」

吹雪くんがそう言うと、今まで感じたことのないほどに心臓が大きく脈打って、身体の中心から熱が沸いてくる。
何が起きたのか自分でも分からなかった。ただ、いつも吹雪くんに好きだよ、とか言われて感じる感情とは、全く別の感情を抱いたということは分かった。
顔、そして首さえも真っ赤にした私を見て、吹雪くんが目を見開いた。心配そうに顔を近付けてくる吹雪くんを、戸惑いの目で見つめ返すと、吹雪くんは口を一文字に結ぶ。きょとんとした顔で吹雪くんは私を見て、それから、不意にはにかみ笑いを溢した。何の前触れもなく突然、吹雪くんは私の頬に唇を当てる。今度は私がきょとんとする番だった。
吹雪くんの唇が当たった頬に、その熱を逃がすまいと神経が集中する。それでもまだ、風に流されてしまうような気がして、私は手のひらでぽかぽかと熱い頬を包んだ。
飄々としてすぐに離れていった吹雪くんは、小さく笑い声を立てる。吹雪くんはいつもの吹雪くんに戻ったけれど、私はまだいつもみたいに戻れずに顔を真っ赤にして固まっている。

「僕と映画に行こうよ。君が行きたいところ全部、僕と行こう。ね。」

そう言って後ろで手を組んで首を傾げてみせる吹雪くんに、私はぎこちなくも、こくりと頷いた。


めてを感じた






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