ばちばちと跳ね回る油に少し引け腰になりながらも、私は菜箸を握り締めた。きつね色を通り越して焦げ茶色になってしまったドーナツを、恐る恐る摘まんで油から上げる。

「なんだ、焦げ臭いぞ」
「わ、隼人さん」

不覚にも焦がしてしまったドーナツを眉間に皺を寄せて見つめていると、背後から声がした。と同時に肩に何か温かいものが乗る。見るとそれは隼人さんの頭で、あまりに顔と顔の距離が近くて固まってしまった。体温が一気に沸き上がる。

「なまえ、」
「え…、あはは焦げちゃいました」

私が菜箸の先のドーナツを揺らして笑うと、隼人さんは私の身体に腕を絡めた。衝撃と動揺でうっかりドーナツを落としそうになったが、間一髪のところで菜箸で摘まみ直す。
隼人さんの大きな腕で肩まで強く抱き締められ、身動きが取れない。

「…俺はお前の小さい身体が好きだ。」

隼人さんはそう呟いて、私の肩に顔を埋める。突然何を、と思っていると、隼人さんはまたまた突然に、私の方に顔を向けた。少し動けば唇が触れる距離に、心臓がばくばくと鼓動を打つ。

「なまえはどうだ。」
「な、何がですか…?」
「俺にこうされるのは好きか?」

そう言って隼人さんは私を抱き締める腕の力を強める。揺らめく視界を、まっすぐに私を見つめる隼人さんが占拠していく。
そんなの、恥ずかしくて言えるわけがない。隼人さんのことは好きだし、こうして抱き締められるのも心地好くて好きだ。でも素直にそれを言えるほど、私の口は滑らかでない。どうしても羞恥がそれをつっかえさせる。
困惑の目で隼人さんを見つめると、隼人さんはしゅんとした様子で目を伏せた。

「嫌か?」

隼人さんの腕の力が弱まる。
もう、恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。気持ちは口に出さないと、相手には伝わらない。黙っているだけでは隼人さんが離れていくだけ。このまま私が何も言わないで、隼人さんが私の身体を離して、そうして残される焦げ臭さを想像して怖くなった。言わなきゃ。

「隼人さん…その、」
「…ああ」
「その…、」

消え入りそうな声で、好きです、とだけ呟いて私は顔を伏せた。
言ってから、私は激しく後悔した。嫌じゃない、でも良かったかもしれない。好きですだなんて、まるで愛の告白みたいだ。穴があったら入って、そのまま埋まりたいくらい恥ずかしい。

「なまえ…」

隼人さんに名前を呼ばれて、顔をそっと上げる。ほっとしたような、嬉しそうな顔をした隼人さん。
ゆっくりと隼人さんの唇が近づいてきて、思わず目を見開いた。今、確実に頬が赤くなってると思う。ぎこちなく目を閉じて、どぎまぎしながら隼人さんの唇を待つ。なんだか、ほんの一秒一秒が何時間にも感じられる。

ぼこんっばちっ

「あづいっ!」
「へっ?」

何かが跳ねる音と、至近距離で聞こえた隼人さんの声に驚いて目を開く。
あ、そういえば、火、かけっぱなしだったかも。油を見ると、ぼこぼこと溶岩のように沸き上がる表面。やっぱりかけっぱなしだった。
隼人さんを見ると、赤くなった手の甲に息を吹き掛けている。違う、そうじゃなくて、早く冷やさないと。

「隼人さん!水です、水!」
「あ、ああ!」

私が叫ぶと、隼人さんは近くにあったコップに水を入れ、そして、何を思ったかそれを油に思い切り掛けた。途端に、ばちばちと跳ねる油。それを一身に受け止めた隼人さんが声にならない悲鳴を上げる。

「な、なんでそっちに!」
「…う、あついぞ…!」

とりあえず隼人さんをここから離さなければ、何次災害まで連鎖が続くか分からない。そう思い隼人さんの腕を掴むと、運悪く火傷した箇所だったらしく、彼はまた声にならない悲鳴を上げた。

「ああ、ごめんなさい!」
「いや、か、構わん…」

痛みに顔を歪める隼人さんにあたふたしていると、当の隼人さんは心配御無用、とでも言いたげに私の手を握り返す。
良かった。私が安心していると、隼人さんの後ろで油が火を噴いた。
ああ、もう台無し。


何故こうなる
(なまえ!危ない!)
(隼人さん!水は、あっ、だめえええ)








100107/めぐり
ウエスター好きです。それにしても何故こうなったし…


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