手のひらがじんわり汗ばむような暑さにお構いなく、黒板には白い線の集合体がつらつらと並んでいく。
漢字は苦手だ。そのため何度も書き間違えて、ごしごしと消しゴムをかける。皺くちゃになってしまった白いページは、まだ半分も埋まっていない。

「ああ、また間違えた。」

そう言って手を止めてる間に、黒板がどんどん白く染まっていくように感じた。
もうどうにでもなれ。シャーペンをノートの上に放り投げて、曲がっていた背筋を伸ばす。
ふと横から小さな笑い声がしたので、そのままの体制で見てみると、口に手を当てて笑っているみょうじと目が合った。なんだか恥ずかしい気がして、照れ笑いを浮かべる。もう少しだけ頑張ろうと、音を立てて机に向き直った。
さっき間違えたままだった漢字を書き直して、作業を再開しようと、消しゴムに手を伸ばした。が、目的の物に触れる感覚は無い。

「おっかしいなぁ…。」

消しゴムが、消えた。ペンケースの中にも、ノートの下にも、消しゴムが見当たらない。
何かを消すためにあるのに、それ自体が消えては元も子も無いじゃないか。そう皮肉って、ここに置いた筈なのに、と、ノートのページを捲ってみたり、自分の周りの床を見回すが、やはりどこにも無い。
がたがたと音を立てて探していると、横から手が差し出された。誰だろうと思い、顔を上げる。細い手首を通って、視線は手の主を捕らえた。

「みょうじ。」

彼女の手のひらには、寒色系のカバーに包まれた白い消しゴムが載っている。

「貸そうか?」

そこそこ使い込んだであろう消しゴムのカバーは、注意書きが薄れて読み取れない。

「年季入ってるけど。」

そう言ってくすくすと笑うみょうじから消しゴムを受け取る。

「さんきゅ。」
「いーえ。」

にこりと微笑む彼女に、何だか嬉しくなって微笑み返した。
再び机に向き直り、借りたばかりの消しゴムで、線が一本多くなってしまった漢字を消す。
消した跡が残っていると、なぞって書いてしまって同じ間違いを繰り返すことがあるが、今回もそれに漏れることなく、さっきと同じ余計な線を書き入れてしまった。少しだけ首を傾げて、無言で消す。
ふと、自分が消しゴムを持ったままでは、みょうじがそれを使えないことに気付いた。もう用は終わったのだから、彼女に返そうと消しゴムを掴んだ。だが、その手を数センチ持ち上げたところで止まる。
何か、書いてある。白く、つるつるとした消しゴム本体の表面に。ケースから覗く黒い線は何なのか、持ち主に訊こうと名前を呼ぶ前に、みょうじは教師に呼ばれて行ってしまった。
何やら前で問題を解いてるようだ。チョークが黒板にぶつかる音が軽快に響く。
そんな彼女の背中をぼーっと眺めながら、消しゴムのカバーをずらした。黒い線の全体像が見えてくる。

「…あ。」

女の子はおまじないやら占いやらが大好きだと、昔、幼馴染が言っていた。例えば、消しゴムに願い事を書いて、それを使い切れば願いが叶う、だとか。
消しゴムには、彼女の願い事と思しきものが書いてあった。みょうじもこういうことをするんだな、素直にそう思った。
おまじないなんてものには大抵何の根拠も無いけれど、信じてればどうにかなる、なんて円堂なら言いそうだ。そんなキャプテンの前向き思考に倣ってみるとしよう。
ペンケースから黒の油性ペンを取り出し、消しゴムに滑らせる。彼女の願い事が書かれた面の反対側に、自分の『願い事』を書いていく。間違えても消せないから慎重に、と思ったが、案外すらすらと書けた。
視界の端に、みょうじがこちらに向かって歩いてくるのが見えたので、急いで消しゴムをカバーの中に収めた。
椅子を引いて腰を下ろす彼女。二人分の願い事が書かれた消しゴムを差し出す。

「まだ使ってていいよ。」

そう言って彼女はペンケースからもうひとつ、消しゴムを出した。何故みょうじは消しゴムを二つも持っているのだろう。そちらを使うようになったら、こちらの消しゴムの減りが遅くなってしまう。
得意げに笑うみょうじから新品のように綺麗な消しゴムを奪って、代わりに年季の入った方を渡す。
きょとんとするみょうじの目の前で、角の尖った消しゴムを思い切って窓の外に投げた。

早くこの消しゴムを使い切らないと、次の席替えに間に合わなくなる。



monochrome wish
(一之瀬君と隣の席になれますように)
(みょうじの願いが叶いますように)


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