屋上の風はやはり強く、伸びた前髪が目の前で暴れて鬱陶しい。度々粘膜を掠める毛先に目をしばたたかせていると、フェンスを掴む私の手に温かいものが触れた。振り返ると、眉間に皺を寄せた亜風炉くん。美しい顔が勿体無い。

「何をしているんだい」
「飛び降りようとしているの。見れば分かるでしょう。」

私の手を力無く握る亜風炉くんの、綺麗に整った顔が歪む。もう何度目だったか、私には思い出す術もない。私は亜風炉くんのこんな顔を、今まで何度と無く見てきた。きっと他の誰にも見せないであろう亜風炉くんのこの表情は、ひどい中毒性がある。私はこの顔を見たいがために、こんな馬鹿げた自殺未遂を繰り返しているのだった。
でも、理由はそれだけではない。

「死んで、亜風炉くんと同じ神になるのよ。」

そう、私は生まれ変わって亜風炉くんと同じ神になる。彼の傍に居るために。馬鹿げていると思うだろうか。だけど私は、他に彼の傍に居る方法を知らない。
風が一層強く吹いて、私を煽る。亜風炉くんの金糸の髪が風に浚われて、私の視界を艶やかに舞った。これが私が目にする最後の光景だと思うと、胸が踊るのを抑えられない。勝手に笑みが零れてくる。
私は亜風炉くんの手を払って、そっと屋上の地面を蹴った。私の手を掴み直そうとした亜風炉くんの手が、フェンスに阻まれてもどかしそうに握り締められる。

「なまえ…!」

ふわりと投げ出された私の身体は、頭を下にして落ちていく。
ああ、これでもう私は、亜風炉くんと一緒に居られる。二人で永遠に隣り合って過ごすのだ。時に絡み合って、時に触れるか触れないかの曖昧でもどかしい距離を楽しんで。
未来に待つ幸せを噛み締めて、私は静かに目を閉じた。

「…お願いだよ、なまえ。」

不意に聞こえた声に目を開くと、背中に純白の羽根を生やした亜風炉くんが、私の腕を捕まえるところだった。
ああ、やっぱり亜風炉くんは私を死なせてはくれない。
風の抵抗を激しく受けていた身体が、亜風炉くんに腕を掴まれ強く引き止められる。脱臼したように肩が痛んだ。

「お願いだから、僕の傍から居なくならないで」

亜風炉くんの羽根がはたりと羽ばたく。亜風炉くんがすがるように握る私の手首が、千切れそうなほどに痛む。
何度目だろう、亜風炉くんのこんな顔を見るのは。私は今まで何度と無く、亜風炉くんにこの表情をさせてきた。私の緩んだ唇から、勝手に笑みが零れてくる。
また、死ねなかった。心の中で小さく呟いて、私は亜風炉くんの手を握り返した。


辛苦に歪む
(死にたがりなだけ?)
(…いいえ、貴方を苦しめたいだけ)







100105/めぐり
書いた自分でもよく分からない


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