薄く伸びた空に、あいつの名前と同じ花がひらりと舞った。仄かに色づいたその花弁は、俺の目の前をゆっくり泳いで足下に落ちる。
「さ、さく、…さくら!」
思わず大きくなる語尾に、俺の前を大道寺と歩いていたあいつが振り返った。白いスカートがふわっと揺れる。
「なぁに?李くん」
不思議そうに俺を見つめて、小走りで近付いてきた。その後ろで、大道寺がうっとりと頬に手を添えて笑っている。
俺の前で立ち止まったあいつは、下から見上げるようにして返事を待っている。ぼんっ、と音が鳴るくらい、一気に体温が上昇した。
「李くん?」
「う…、ちっ、違う!」
俺がそう叫ぶと、あいつは目を丸くして大きくまばたきをした。大道寺がおほほなんて言って口に手を当てている。何が面白いのかさっぱりだ。
「ほえ?何が違うの?」
手を軽く握って口元に添えるあいつの頭に、花弁がそっとくっついた。
「さ、桜が綺麗だなって言おうとしたんだ!」
俺がやっとのことで言うと、あいつは一瞬ぽかんとして、それから寂しそうに笑った。
「そっかぁ…、名前で呼んでくれたんじゃないんだね…」
眉毛を下げて視線を落とすあいつに、体温が少しずつ冷えてくる。俺は一体何をしてるんだ。
「さ、さくら」
震える唇で、ぼそりと名前を呼ぶと、あいつは顔を上げて俺を見た。花弁が風に吹かれて一層舞い落ちる。暗かったあいつの表情が、段々と明るくなっていく。心配そうに此方の様子を伺っていた大道寺も、笑顔に戻った。
「李くん、今度は呼んでくれたんだよね?」
嬉しそうに笑うあいつを見たら、熱い体温がまた戻ってきた。
「あ、ああ。」
名前を呼ぶ
(私も小狼くんって呼んでいいかな?)
(す、好きにしろ、)