飛行機が白い尾を引いて、空を駆け下りていく。頭上の淡い水色に引かれたそれは、まるで風に揺れる彼の白いマフラーのようだ。
この町に帰ってきた雷門中サッカー部にその彼は居て、最初は河川敷でボールを追い掛ける姿を眺めるだけだった。土煙が舞う中、ころころと変わる彼の表情や雰囲気がただ面白くて。でも、知らないうちに私は彼に惹かれていたんだと思う。貼り付いたような笑顔も、憂いを感じさせる横顔も、彼の全てに。
全てと言っても私は、彼、吹雪士郎という人物を知り尽くしている訳ではない。私の知る彼の全てという意味だ。だからこそ、吹雪くんを知りたいと思った。全てまではいかなくても、今よりもっと多く彼のことが知れたらいい。

「吹雪くん」
「なまえちゃん。おはよう。」

朝の清潔な空気が漂う河川敷に、落ちたボールを見つめる吹雪くんを見つけた。
決死の思いで話し掛けて数日、吹雪くんは元々人見知りをしない性格だったらしく、ある程度仲良くなれた、はず。すこし自信が無い。むしろ皆無に等しいかもしれない。吹雪くんは誰にでも平等に笑いかけるし、しかもその笑顔もおそらく上辺だけのものだ。

「朝、早いんだね?」

そう言って私の顔を覗き込む吹雪くんに、小さく返事をして俯いた。
吹雪くんが練習に来るのを待ち伏せてたなんて言える訳がない。
横で不思議そうに首を傾げる吹雪くんとの間に、冷たい沈黙が流れる。
待ち伏せてたというのも、今日は玉砕覚悟で吹雪くんに気持ちを伝えようと思ったからだ。幸い、ここに居るのは私と彼の二人きり。こんな絶好の機会はそうそう無いだろう。
意を決して顔を上げると、吹雪くんと視線がぶつかる。

「あ、あのね、」

急に熱くなり始めた体温を振り払いたくて絞り出した声が、髪の毛を揺らす風に浚われていく。そこまで言って、口を噤んだ。どうしたら上手く伝えられるだろう。
息を大きく吸って吹雪くんの目をまっすぐ見つめる。上手になんて伝えられなくても、ありのままの素直な気持ちを伝えようと思った。

「私ね、」

だが、私が口を開いてすぐに吹雪くんの視線が私から逸れた。私の背後に向けられた彼の目が嬉しそうに輝いている。
振り向けば、ボールを抱えたサッカー部の人。
そのまま吹雪くんは私の横を走り過ぎていく。白いマフラーが弾むようにして視界を横切る。
なんとなく、というか、心の底で分かっていた気がする。吹雪くんの心や思考を一番占めているのは、恋情とかではなくてサッカーだと。分かっていて好きになった。恋敵ともいえようサッカーをしている吹雪くんに、私は惹かれたのだから。
私から離れていく吹雪くんの背中に、罵声を浴びせたいなんて汚い気持ちは何故だか沸いてこなかった。

「伝わらなくても、良かったのかもね。」

ただ、自嘲するようにそう呟いた。


あなたの一番
(あ、なまえちゃん、何か僕に)
(ううん、何でもないよ)







2200:椿さんへ


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