お昼を過ぎた辺りから突然降り出した雨に、隣で喚く級友。置き傘を差し出すと嬉しそうに跳ねた。教室の窓から見下ろしたグラウンドでも、地面に当たった雨粒が跳ねている。
練習は休みだろうか。晴れた日には、放課後のグラウンドで華麗に舞うボールが見れるのだけど。

「無さそうね。」

ぽつりと呟くと横で級友が首を傾げた。そんな彼女に手をひらひら振って、鞄を持つ。
廊下に出ると、雨の日独特の匂いと薄暗さが身体を包み込んだ。窓に当たる雨が崩れたリズムを刻む。階段を下りて昇降口に向かう途中に、鞄から折り畳み傘を取り出した。
きっとそうする為に付いているであろう折り畳み傘のストラップを小指に引っ掛けて、下駄箱から履き古した靴を出して落とす。そうして鳴った音とは別に、向こう側からも物音が聞こえた。同じように下駄箱を開ける音と、困ったような声。聞き覚えのある声だったが気にせず出口へ向かう。
持ち運びしやすいサイズに畳まれた傘を開きながら、気まぐれに後ろを見ると、やはり見覚えのある顔がそこにはあった。さっきの声から大体の見当は付いていた。

「ああ、みょうじ先輩。」
「一之瀬君。」

私の視線に気付いた一之瀬君は、私より先に声を出した。続いて冷静な声で彼の名前を呼んでみたが、反対に上昇する体温に戸惑う。

「良かった。」

安堵したように微笑む一之瀬君。

「何が?」
「みょうじ先輩と会えたらいいなって考えてたところなんで。」

十分に上がったと思っていたのに、更に上がる体温。つれて赤くなる顔。
一之瀬君はたまに年下とは思えないような言動をとる。いや、年下だからこそ出来るのかもしれない。一個だけでもやはり差はあるものだ。同年の男子はこんなこと言わない。

「練習は無いの?」

焦りを悟られないように、ゆっくり息を吐き出す。落ち着け、と念じて落ち着けたら苦労しないが、先ほどよりかはマシになった。
開きかけていた傘を閉じ、小指にストラップを引っ掛けて揺らす。中途半端に向けていた身体を完全に一之瀬君の方に向ける。雨音が背中に当たって弾けた。

「今日は休みです、…というのはジョークで、みょうじ先輩を見かけたので抜けてきました。」

あわよくば一緒に帰ろうと思ったんですけど、傘を教室に忘れてきちゃって。こんなことをさらさら言いながら、見たら誰だって好感を持つであろう笑顔を、私に見せ付ける。それだけでも十分な破壊力、といったら何か違う気もするが、とりあえずそんな笑顔に、こんな台詞。一度は治まった顔の熱さが戻ってくる。

「取ってくるの、待っててくれます?」

そう言って走り出そうとする一之瀬君。小指に引っ掛けたストラップの先の本体が大きく揺れる。そのままの勢いで傘を前に突き出した。

「一緒に入ればいいじゃない。」

我ながら何を言ってるのやら。口をついて出た言葉に自分で呆れる。一之瀬君の妙な態度にペースを崩されただけであって、と言い訳を考えていると、嬉しそうに笑う彼が目に入った。
先ほどより強さを増した雨を背中で感じながら、傘を開く。今更だけど、この大きさだと二人も入ったら役目を果たせないような気がする。
傘からはみ出た肩がずぶ濡れになるのを想像して、身震いする。それでも一之瀬君が隣でにこにこ笑ってくれるなら、いいかもしれない。あれ、何がいいんだろう。



(私が私でなくなる)







800:神楽さんへ


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