音を立ててドアを開き、廊下に出る。開いた窓から聞こえるのは、部活に励む学生たちの声。
筆箱と何枚かのプリントを胸に抱くようにして持って、横に立つ男の子を見た。
小麦色の肌が夕日に照らされて赤みを帯びている。

「一之瀬君、とりあえず教室行って書類書いちゃおうか。」
「ん、ああ、そうだな。」

長い睫毛を瞬かせて、窓の外を眺めていた一之瀬君はこちらを振り向く。
サッカー部である彼は、練習を休んで委員会に参加していた。窓の外では彼以外のサッカー部員が練習に励んでいる。きっと練習に行きたいんだろう。書類を書くくらいのこと、私一人でも出来ることだし、彼には練習に行ってもらっても構わない。少し寂しい気もするが。
その旨を一之瀬君に伝えようと口を開きかけて、止めた。彼が教室に向かって先に歩き出したからだ。

「ほら、行こう、みょうじ。」

そう言って一歩前から手を差し出す一之瀬君。
彼が歩き出したから言わない、というのはただの口実で、私が行ってもらいたくないだけかもしれない。
一之瀬君の手に、ぎこちなく触れると、ぎゅっと握り返される。にこりと笑って見せる彼に、顔が熱いまま微笑み返した。

「って、なんで手を繋ぐの?」
「あはは、気付くのが遅いよ。」

歯を見せて笑う一之瀬君は、繋いだ手を引き寄せる。前のめりになって倒れそうな身体を何とか立て直して隣の彼を見ると、何故か残念そうな表情。

「駄目だよみょうじ。そこで抱きつかないと。」

おどけて言う一之瀬君に、何言ってるの、と自分でも分かるほどの照れ隠しをしてみる。
窓から差し込む陽光が廊下に四角く落ちる。それが廊下の端まで続いて、段々小さくなっていくのを眺めながら、私ってこんなキャラだったろうか、と疑問を抱いた。

「みょうじの手は小さいな。」

ああ、そうだ。一之瀬君にリズムを狂わされてるんだ。
繋いだ私の手をまじまじと見つめる一之瀬君に、首を傾げる。

「い、一之瀬君、なんか、いつもと違うね。…何かあったの?」

窓からの光に照らされて、チョコレート色をした髪の毛が輝く。私の声に、視線をこちらに向けた一之瀬君は、ああ、と言って空いた手の人差し指を立てた。

「俺、みょうじのことが好きみたいなんだ。」

眩しいほどの笑顔で、さらっと言ってのけた彼に、呼吸が数秒止まる。次に、驚きの声を上げようと口を開くが、声が出てこず固まる。
窓の外から聞こえる声が羨ましく感じてしまうくらいに、声が思うように出ない。魔法をかけられた人魚姫の気分だ。というのは少し大袈裟だが、まさにそれに近い気分。痴漢に遭うと悲鳴が上げられないというが、きっと真実だ。人間、本当に驚いた時や、危機に瀕した時は声など出てこないものだ。
未だに喉につっかえている言葉を吐き出そうと、口を開閉していると、目の前の一之瀬君がゆっくり口角を上げた。

「書類書いたらデートでもしようか。」
「あ、え?」

やっと出た自分の声に、自分で驚くと同時に、頬に柔らかいものが触れる。それが一之瀬君の唇だと気付いた時には、彼は私の手を物凄い力で引き寄せていた。傾く身体を止めることが出来ずに、一之瀬君の胸に飛び込むような形に。
満足そうな一之瀬君に、一度は出た声もまた喉につっかえてしまった。
窓の外から聞こえる声が、羨ましいを通り越して恨めしくなってきた。
心臓に悪いこの男の子を、誰か部活に連れて行ってください。
切に願うが声が出ない。というのは口実で、私が行ってもらいたくないだけなのかもしれない。


声が出ないというのは
(ただの口実です。)






432:みけにゃさんへ


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