枯れない花




「なぁ、そう言えばさ」
俺も黄瀬も今日は3限までで、早い時間に黄瀬の家で飯を食って、普段よりのんびりダラダラと過ごしている。怠惰な時間に、俺はふと、思いついた事を口から零した。
「お前家に植物とか置かねーの?」
黄瀬はキッチンで食器棚を触りながら、唐突っすねと返した。
「いや、森山が観葉植物の特集見たらしくてモテる男は部屋に観葉植物を置くんだとか何とか騒ぎ出してな。くっだらねー。で、お前の部屋って結構内装綺麗だろ?そういうの、興味ありそうなのに何も置いてねーよなって 」
「あー、」
そっすね、と曖昧な笑みを浮かべて、黄瀬ははぐらかすように冷蔵庫のドアを開けた。棚の隅に寝かせて何本か積まれたものと同じミネラルウォーターを手に取ると、取り出してドアを閉める。カウンターに置かれたグラスに手を伸ばし、トプトプと注ぎ込む様子を俺は見るともなしに眺めた。
「小学生の時って、」
いきなり小学生の時の話に飛ぶのかよ。黄瀬は何かを持て余すように視線をさ迷わせた。
「朝顔とか、マリーゴールドとか、何かしら植物を育てさせたがるじゃないっすか」
「あー朝顔観察日記とかな。夏休みなんて旅行行ったりすんのに毎日面倒見てられっかよって話だよな」
「どうせ先輩毎日バスケばっかりしてたんでしょ?」
「なんで知ってんだよ。いや、野球とかサッカーとかも結構してたぞ。あの頃は。あ、今度サッカーしようぜ」
「いいっすね、サッカー。めちゃくちゃ久しぶりっす」
「うんうん、で?」
俺は逃がしてはやらねーぞと適当に笑みを貼っつけた。黄瀬の顔が引き攣る。
「ほんっと、まぁいいや。それでね、しょうがないから育てるんすよ。毎日ちゃんと根腐れしないように適量水をあげてね。でも、ある日水をあげようって見てみると、全部萎れてるんす」
黄瀬はグラスに注いだままになっていた水をゴクリと飲み干した。晒された喉が動く。
「水あげんのサボったんじゃねーの?」
「サボってねーっすよ。俺むちゃくちゃ真面目に水あげてましたもん。でも皆信じてくれないんすよ。まーた、黄瀬は花枯らして宿題サボってる。みたいなね。それで喧嘩したんす、俺は真面目にやってたのに!って。」
ふーん。と俺は感心した。感情表現がストレートな黄瀬は、そのくせ本気の怒りやイラつきをあまり人への態度で示さない。結構イラついて当たってくるのは近しい人間に甘えている時で、他人に対してのアクションは殆んどない。自分へ対しての妬みやにチクリと嫌みで返すことはあってもーーこいつも大概性格が悪いーー自分の意見を押し通す為に声を荒らげて怒る所は見た事がない。赤の他人に見せる機嫌の悪い黄瀬涼太はもっとクリアで、透明だ。顔が良い分、背筋が凍るような無関心さをオーラで表してくる。時間の無駄、期待なんて微塵もないと言った様子を隠しもせず大人な対応をして見せるところは、子供なのか大人なのか良く分からない。こいつも人並みに喧嘩とかすることあったんだな。
「結構派手にやらかして、呼び出された職員室で先生に言われたんすよ『涼太くん、優しいもんね』って。『きっと根腐れしちゃうのね』って。俺は必至で根腐れしないようにちゃんと水の量守ってたって反論したんすよ。そしたらね、『愛しすぎるのもダメなのよ』って。俺ずっと、どうしたら良いか分かんなくて植物育てられないんすよ」
愛しすぎると苦しくて死んじゃうらしいんっすよと、黄瀬は曖昧に笑った。
俺はふーん、と小首をかしげた。
「小学生相手に哲学的というか、随分難しいこと言う先生だな」
「でしょ。困るっすよねー」
手の中のグラスをユラユラ回しながら黄瀬は、意味分かんねー。どうやったら枯れないか教えてくれたらいいのに。とブツブツ独りごちた。
「なあ、黄瀬」
「なんすか?先輩。改まって」
俺は喋りながらリビングに戻っていた黄瀬に向き直った。
「俺は枯れねえよ」
虚を衝かれた黄瀬はパチクリと間抜けズラを晒した。これは言葉の意味を飲み込めていない顔だ。
「俺は、簡単に枯れる程ヤワじゃねーよ」
「は?え、と……」
「じゃ、俺そろそろ帰るわ」
「え、はい、気を付けて……」
「じゃな」
黄瀬は頭の上に疑問符を浮かべたまま、玄関口で俺を見送った。ばーか。
幼い黄瀬の愛情を受け止められずに、朝顔は枯れたんだろう。あれは身の内に入れたものに対して、酷く愛情深い。その他を拒絶するから余計にだ。
深すぎる愛情は毒だ。毒は少量なら薬になるが、大量に摂取すると死に至る。黄瀬の愛情はそういったものだ。
「早く気付けよ」
俺は今し方出てきたばかりのマンションを見上げた。
あいつは早く、気付くべきだ。2学年離れた先輩後輩が、こんなに頻繁に、それこそ少しの空き時間の度に会ったりしないことを。ましてや俺たちは出会った高校を出て幾年か経っている。下宿先が近い森山でさえ、2ヶ月に1回会えば良いところなのに。
「怖がってんじゃねぇ」
早く俺を枯れさせることに怯えていると気付けばいい。
お前が気付いたら、俺は雑草のように隣でしぶとく根を張ってやるのに。



pixiv:20140423
再録:20150430



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