Anamnesis is over the rose.


01.運命線からふわりと欠落





結婚相手と、食事をしたことがあった。

僕は確か16で、彼女はいくつだったんだろう。
明治より前の時代から付き合いがある家のお嬢さんだった。
とは言っても、家系の縁とは程遠く、家の職種も遠いので、僕達は引き合わされるまで、嗜みとして家名は知ってはいても、同年代の異性どころか、伝手があることすら知らなかったのだけれど。
まだ、高校に進学したばかりの僕と、さほど歳の変わらない彼女は、高級レストランの個室で困ったようにカトラリーを撫でた。
「ごめんなさい、ドレスは新調したのだけれど。いつもは料亭しか使わないから」
「では、普段はお着物で?」
黙って教本通りに手を添えて示すと、彼女は安心したように銀の柄に手を添えて、悪戯に品よく笑みを浮かべて和装の話を進めた。
結局、素直でチャーミングな人だと思ったことは覚えているけれど、どんな話をしたのかは覚えていない。



僕がそれを思い出したのは、彼女とテレビ局ですれ違ったからだった。



「あ、やっぱり、壮五くん」
久しぶり、と慕わしげに駆け寄ってきた相手を警戒して、隣の人がさり気なく僕より一歩前に出た。
「あ、大丈夫です万理さん。……知人、なので」
「知人だなんて、よそよそしい」
「ええ、その節は直接謝罪にも参らずに大変失礼いたしました」
「いいの、どうせ御家の決めたことだし」
万理さんが、本当に大丈夫かと視線で問うのに少し頷いて、僕は彼の隣に進み出た。
「あのね、お前は王子様みたいな子と結婚するんだって壮五くんのこと教えられたの。でも、テレビで見る壮五くんの方が王子様みたいで格好良かった」
「え、結婚?」
ヒソヒソと彼女は囁いて、隣で万理さんがギョッとした声を出した。
「あ、スキャンダルかしら?これはファンの世迷言ね、ええっと、こちらはマネージャーさん?」
「申し遅れました、彼はメッゾのマネージャーの大神です。こちらは過去の実家の取り決めで、華道の大家の」
「そう、今日は未来の華道を背負うとか仰々しい名目で撮影にお呼ばれしたんです。もう呼ばれる時間だわ。作品を作るから壮五くんも是非見てね。じゃあ、私もお花が一等好きで、音楽よりお花が好きな人が良いから気にしてないって言いたくて。実家はお怒りだったけど気にしないで。私はたまたまいい環境にいたけれど、音楽以外のいい環境を捨てた君は素敵。ね、これからもご活躍をお祈りしています」
「貴方も、着物の方が素敵です」
「やった、王子様に褒められちゃった!ふふ、そういえばパーティはドレスばかりだったね」
彼女は初めて会った時よりも、顔をクシャリと綻ばせ笑った。
素直で、楚々とした見た目に反してサッパリとしていて、良い人だった。
食事会を切欠に顔を合わせる機会が増えて、その度にお互い周囲に聞かれてもいい当たり障りのない話を気軽にできる程度には。
僕の運命、命運と言っても良いような存在の筈だった人は、ブーツでパタパタと袴を翻して、呼び掛けた付き人の方へと駆けていく。
「元、婚約者?」
「そういう、家だったので」
「へぇ、ドラマの中だけの話かと思ってたよ」



運命から逃げ落ちた先で、僕は。



「僕が好きになったのは、貴方が初めてです」
「疑ってないよ、カルチャーショック」
「疑ってないって言いながら、いつもイジめるのに」
「それはそれ、ほら、僕達もスタジオへ行きましょうか、逢坂くん」
「もう」
「話はまた、仕事の後で」







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