★君色の光2 | ナノ 「っ、けほ! これ思ったより衝撃あるな……」
「だれ?」


肺の中に入り込んだ煙に咽ていると、聞き慣れた声と共にガチャリと金属音が鳴る。
煙は晴れておらず相手の姿は確認できていないが、どうやらちゃんと目的の人物のところへ来られたようだ。
ぼんやりと見える影は見知っているものよりも随分と低い。今の自分と同じくらいだろうか。
ようやくクリアになった視界に現れた顔にへらりと口元が緩んでしまう。真っ直ぐにこちらへ注がれる鋭い瞳もさらさらと流れる漆黒の髪も、良く知っている。
こちらの姿を見止めてほんの少しその切れ長の瞳を見開く反応が大層かわいく映る。
思わず歩み寄ろうと2、3歩踏み出したところでしっかりと伸ばされた腕とトンファーに阻まれて足を止める。


「貴方はだれ?」
「えっ、かわいいな…! そうか俺一応大人だから貴方呼びなのか…」
「……不審者だね。咬み殺してあげよう」
「わ、待って待って! 怪しくない…こともないけど恭弥と俺知り合いだよ」
「さあ、知らないけど」
「うそ、なんとなく分かってるでしょ。じゃなきゃとっくに殴ってるくせに」
「………………」
「うわあ何その顔……ええ? この頃の恭弥そんなにかわいかった…?」


ほぼ同じ目線にある整った顔が不愉快そうに歪む。むっと尖らせた唇がかわいい。
たしかこの頃はまだ中学生だったはずだがすでに顔が完璧である。これより先のさらに洗練された顔から比べると幼さの残る目の前の顔はめちゃくちゃにかわいい。
出会ったときから綺麗な顔だと思っていたけれど、大人の目線から見るとちゃんとあどけなさのある恭弥にちらりと不安がよぎる。
しかしまずは自分が誰なのかを説明するのが先だ。敵意がないことを示すために両手を上げて改めて声を掛ける。


「挨拶はいるよな。ええと一応はじめまして、咲山千紘です」
「あの子はどこ?」
「中学生の俺と大人の俺が入れ替わったってかんじ。だから俺がいたとこにいるよ」
「ふうん。すぐ戻るの?」
「うーん、すぐではないかな。でもちゃんと会えるよ」
「そう。じゃあいいよ」
「…もういいの?」
「うん。どうせ君も肝心なことは言えないんだろ。聞いても無駄だ」
「え。……あ、そっか。骸と会ってるのか」


中学生であるはずの咲山千紘が消えて同一人物を名乗る大人が現れたことについて、拍子抜けするほどあっさりと受け入れた恭弥に目を丸くする。
仮に別人だと疑われたとしても本人である以上信じてもらうより他ないのだが、そう易々と納得できる現象ではないはずだ。少なくとも同じ状況に陥った自分は理解に時間を要した。
恭弥がずば抜けて勘が良いことも柔軟な思考をしていることも知っている。知ってはいるけれどまさかこんなに早く飲み込むとは思ってもみなかった。
でもそういえば未来の骸がわざわざこの時代の恭弥に助言をしに来たと不服そうに恭弥が話していたのを聞いた覚えがある。それもあって理解が早かったのかもしれない。
こういう恭弥だからこそ自分を受け入れてくれたし、この世界に留まることを決めた。ちょうどこの頃はそう決心してすぐのはずだ。あれから10年も経ったのか。
当然いまの自分からすれば子どもであるはずの恭弥だがやはり安心感がある。
ゆるゆると締まらない顔で恭弥を見ていると、切れ長の瞳にまじまじと見つめ返される。


「? なに?」
「君、そんなによく笑うようになるの」
「あんまり変わったつもりはないけど、俺この頃そんなに笑ってなかった…?」
「そんな顔で笑うのはあまり見たことないな」
「え、なに、そんな変な顔してる?」
「まあいいけど。君は今も僕のものなの?」
「おお……いきなりすごいこと聞いてくるな」
「答えなよ」
「んー…俺から言えるのはちゃんとこの世界にいるってことと、『恭弥』って呼んでるってことくらいかな」
「…ふうん。じゃあその情報から僕がどう判断しても構わないね」
「ふふ、どーぞどーぞ。あ〜も〜ほんとかわいいなぁ。この時代ほんと大丈夫だった?」
「何の話?」
「こんな見た目の中身もかわいくて変な人に狙われてたりしてなかった?」
「それ君が言うの」


なんだこれ、こんなにかわいかったっけ。
心地よい調子で進む会話は出会ってから今までずっと変わらないが、やはりこちらが大人だからか、中学生の恭弥の些細な仕草や言葉がいちいちかわいくていけない。
ことりと首を傾げて問いかける仕草は大人の恭弥と同じでありながらも顔があどけない分かわいさがえげつない。ほんとこんなにかわいかったっけ。
先程もちらりと脳裏をよぎった不安がふたたび襲ってくる。普通に存在しているだけでこれだけかわいいのだ、なにか良からぬ犯罪に巻き込まれていても不思議じゃない。
いつの間にか仕舞われていたトンファー分の距離を詰め、恭弥の肩を掴みながらはらはらして問いかければ、呆れたようにじとりと半分目が伏せられる。そんな表情すらもかわいい。


「だってめちゃくちゃかわいい…!」
「昔から君そればっかりだね」
「俺この時代に大人じゃなくてよかったよ…犯罪に走っちゃいそうだもん」
「へえ、君が僕に手を出すようになるの?」
「う、ぐ…! そ、その楽しそうな顔やめて、かわいい……」
「何をしてくれるの?」


思わずぽろりと落としてしまった言葉にすかさず反応した恭弥は獰猛に瞳を輝かせる。
大人の恭弥も興味が惹かれたり気分が高揚すると同じ表情をするが、こんなに無邪気なものじゃない。敵意があろうが無かろうが思わずゾッとするような凄みがある。
おそらく同世代であれば見ればこの恭弥の表情に背筋を凍らせていただろうが、生憎と普段見ているものと比べればどうしたってかわいく見えてしまう。
でもさすがに、いくら相手が恭弥だとしても中学生に手を出すのはよろしくない。
口が滑っただけだから、と表面上努めて冷静に恭弥の肩から手を離して距離を取ろうとしたが、ひどく楽しげに目を細めた恭弥にその手を握られる。
確実にこちらを煽る手付きにひくりと頬を引き攣らせると、一層美しく微笑む恭弥に頭を抱えたくなる。


「な、何もしないから。わくわくしないの」
「どうして?」
「どうしてって、大人の俺がいまの恭弥に手なんか出せるわけないでしょ」
「何が問題なんだい? 君が言ったはずだ、好きに判断していいって」
「は……?」
「未来がどうであろうとここにいる以上、君は僕のものだ」
「……いや、まあ言ったけどさあ……」
「それに君に損はないだろ。君からの知識は僕から君に還元される」
「と、とんでもないこと言うなほんと……でもだめだからな」
「まあいいよ」
「!」


ぐいぐいと接近してくる恭弥に待ったをかける。いくらなんでも応じる訳にはいかない。
いくら本人が乗り気とはいえ相手はいたいけな中学生。それにこの時代の自分にも未来の恭弥にもさすがに申し訳が立たない。というか未来の恭弥にばれようものなら何をされるかわかったものじゃない。
じりじりと後退しながらも一定の距離を保っていたが、不意に恭弥が勢いをつけてこちらに突っ込んでくる。
あまりの素早さに力を込めるのが遅れ、後ろに退こうと体重を移動させたところでぐいと掴まれていた腕を力強く引き寄せられる。
結果その場から一歩も動くことすら叶わず、恭弥の体当たりをまともに受けて勢いのまま背中から倒れ込む。
ぼすりと柔らかく衝撃を吸収してくれたソファーの上で、馬乗りになってこちらを見下ろす恭弥をじとりと見上げる。
真っ直ぐに向けられる灰色の瞳は実に生き生きとしている。


「……恭弥、どいて」
「君にしてはなかなかの反応だね」
「よく言うよ。何にもさせてくれなかったくせに」
「反応すらできなかったこの時代の君と比べてだけど」
「誰かさんにしごかれたからね。ほら、もういいでしょ」
「いいのかい? 珍しく君に挽回のチャンスがあるのに」
「だからなんでそんな乗り気なの……だめだよ」
「やだ」
「……!」


意識しているのかいないのか、ことりと首を傾げる恭弥の艶っぽさに頭痛がしそうだ。
さっきまであんなにも健全にかわいらしかったのに。その気になると存在すべてをもってこちらを惑わせてくるのはこの時代からか。
他の人間の誘惑ならばこんなに心が揺れることはなかったはずだ。他でもない恭弥だからこそどうしても心が靡いてしまいそうになる。手を、出してしまいたくなる。
恭弥自身の言うようにこの頃の恭弥と比べれば今の自分が主導権を握れるだろう。あの恭弥に対してそんなことができる機会なんてそうそうない。
ぐるぐると葛藤しながらも理性を総動員して自身を跨いでいる恭弥の太ももを押し返すが、手が震えてしまう。確実に熱を孕んだ恭弥の瞳から逃げるように瞼を伏せる。
その隙にするりと頬を撫でられ、ひくりと喉が戦慄く。弾かれたように視線を戻せば、獲物を狙う猛獣のように静かに微笑む恭弥に見下ろされる。
そしてふ、とさらに笑みを深めた恭弥の言葉にいよいよ目眩がした。


「そんな顔して誘うくせに。悪い大人だね、千紘」



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2020.12.30 百
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