☆番外編 | ナノ 「ツナ! 良かった...!」
「!えっ!?」


未来へ急に連れてこられて状況が飲み込みきれないまま連れられたボンゴレアジトでやっと一息つく。
十年後の世界と言われても正直実感は湧かない。でも大変な状況に陥っているということはいやでも理解できてしまった。
とにかく、行方不明になっていたリボーンと再会できて良かった。
相変わらず読めない表情のリボーンに、まだ打ち合わせがあるからお前はしばらく待ってろ、と言われて小さな部屋に通される。
窓はなく入ってきた扉さえ閉めれば個室になるようだ。中には簡素な机とソファーしか置いていない。
特殊な機能でもあるのか、壁一枚向こうには複数の人がいるはずだが物音どころか気配すらしなくなる。
1人になったと実感した途端、足の力が抜けて半分倒れるような形でソファーへと沈む。
もちろん中学生である自分からすると途方もなく遠い未来であるが、十年でこんなに様変わりするものなのだろうか。


(…みんな、無事だといいんだけど)


未知の敵との圧倒的な力の差を見せつけられ、なんとか生き延びたものの安否のわからない知り合いもいる。こんな状況でさすがに気楽にはしていられない。
知らずに緊張してしまっていたらしい。そう認識してしまうと一気にどっと疲れも押し寄せてくる。
ソファーの背に懐きながらあの読めない瞳を思い返す。


(リボーン、もしかしなくてもオレのために1人にしてくれたのかな)


あの赤ん坊は破天荒で傍若無人のように見えて実は結構難しいことも考えていたり、先のことを見越していたりする。
自分のことを気遣ってくれたのかも、という考えが一瞬頭をよぎるが直ぐに打ち消す。
そんな訳ないか。なんだかんだ赤ん坊なんだもんなアイツ。
脳内で1人でツッコミを入れられるところまでは落ち着いたようだが、今度は静かな空間に1人きりという状況に不安を感じ始める。
その薄い扉を開けば誰かしらいるとは思うが、待っていろと言われた身で自分から出て行っても良いものか。
どうしよう、と扉を見つめて逡巡していると、コンコンコン、と小さなノック音が聞こえてきて肩が跳ねる。
凝視したまま固まっていると、先程よりも少し速度を落として再び3回ノックされたのに反射的に返事をする。


「は、はいっ!!どうぞ!!!」


必要以上に大きな声になってしまったが、そういえば防音機能があるとしたら聞こえていないかもしれない。
ということはこちらから扉を開ける必要があるのか、と立ちあがろうとしたところでゆっくりと扉が動く。
広がっていく隙間からふわりと柔らかそうな髪が揺れて見たことのない人物が顔を覗かせる。いや、見たことがないが見覚えはある。
予想外の人物の登場にぽかんとしていると優しい色をした瞳と視線が交わる。ぱち、と瞬きをしたそれを揺らめかせた人物はくしゃりと破顔するとこちらの名を呼んだ。


「ツナ! 良かった...!」
「! えっ!?」


ぱたたっと駆け寄ってきた人物に返事をする間もなくふわりと抱き締められる。
わずかな風と共に目の前の人物からどこか甘いような知った香りが届く。


「......もしかして、千紘...?」
「...うん、そう」


確信を持ちつつも恐る恐る呼びかけてみれば、耳元で柔らかな声が返ってくる。
ごめん自己紹介してないもんな、と少し水気を含んだ声と共に緩やかな拘束が解かれる。
ゆっくりと身体を離すと先程も見た淡い色合いの瞳が見える。潤みを増したことできらきらと光を反射するそれを優しく細める。


「十年後の咲山千紘です。いきなりごめんね」
「う、ううん! びっくりはしたけど...」
「すぐ俺って分かった? あんま変わってない?」


ソファーに座り直した千紘は柔らかく微笑みながら懐っこい声で話しかけてくる。
見知った面影は色濃く残っていて一目で千紘であることは分かる。でもなんというか。


「......ツナ? 大丈夫...?」
「ふわっ!! あ、だ、大丈夫!!」
「そう...?」


千紘を凝視してしまって返事ができなかったことを不審に思ったのか、千紘が心配そうな表情で顔を寄せてくる。
その接近に過剰反応してしまい大きく肩を跳ね上げるとますます千紘は眉を下げる。その表情にじわりと顔に熱が集まるのがわかる。
相手は千紘とはいえ十歳も年上の成人男性だ。自分よりは身長もあるし顔に幼さはもうない。
でも優しげな瞳の形や柔らかな声は変わっておらず、子どもの頃より表情も柔和になっているせいか、中性的な雰囲気はさらに増している気すらする。
そんな千紘に緊張しないはずがあるだろうか。挙動不審にもなるだろう。
きょろきょろと視線を彷徨わせていると、力の入ってしまった拳をやんわりと握られる。
少しだけ体温の低いその掌にもちろん女性のような柔らかさはないがほっそりとしたそれにぎくりと身体が強張る。
それを知ってか知らずか千紘はこちらを見つめる瞳を逸らしてはくれない。


「......っ、!」
「大丈夫? たしかまだこっちに来てすぐだろ? まだ慣れてるわけないもんな」
「へっ! エッ、アッ、うん...!?」
「混乱させてごめんな。整理する時間もっと必要だよな」


邪魔してごめんな、と申し訳なさそうに瞼を伏せた千紘が静かに立ち上がる。するりと掌が離れていく。


「ツナがいるって聞いたらどうしても会いたくなっちゃって」
「...あ、」
「あの、気持ちが落ち着いてからでいいから、時間もらえたらうれしい」


じゃあ行くな、と微笑んで踵を返そうとした千紘の掌を思わず掴む。
咄嗟のことで力が入りすぎたらしく、勢いに負けた千紘がこちらに倒れ込む。
わ、と小さく声を上げた身体を支えようとしたがこちらが座っていたこともあって受け止める形になる。
ふわ、と再び千紘の甘い香りが強くなる。
どうにか片手と片足をソファーについて転倒を免れた千紘を支えようと伸ばした手に触れる身体の細さに再び顔が熱を持つ。
細身のスーツを着ていたから華奢なのは分かっていたけど、触れてみるとさらに顕著に感じる。


「...あ、ぶな......ごめん、大丈夫?」
「えっ! こ、こっちこそごめんね!!」
「ううん、ツナを潰しちゃわなくて良かった」


至近距離にある顔が柔らかく微笑む。
この千紘が全身に乗っかってしまっても潰れはしない気がする。重そうな感じがしない。
さら、と流れる髪が顔に触れ、真っ直ぐに降ろされる瞳に見惚れていると不意に何かに気付いたように視線が動く。
え、と思った瞬間に千紘の身体が急に離れる。
そして新たな声が響く。


「やあ、楽しそうなことしているね」
「ヒッ!?」
「ぅわ、びっくりした」


聞き馴染みのある低い声とともに鋭い視線が降りてくる。漆黒の髪が揺れる。
いつの間に入ってきたのか、軽々と片腕で千紘を捕まえているのは大人の姿の雲雀恭弥だ。条件反射で悲鳴を上げてしまう。
腰を掴まれている本人はびっくりしたと言いつつ抵抗もせずのんびり会話している。
随分と親しげなその様子をぽかんと見守っていると、雲雀がちらりとこちらに視線を流す。
その鋭さにびくりと身体を竦ませると、それを見留めた千紘が声を掛ける。


「こら恭弥。なんでツナ睨むんだ」
「別に睨んでなんかいないよ」
「ツナまだ中学生なんだよ。恭弥の目力こわいに決まってるだろ」
「知らないよ」


かわいそうだろ、と柔らかな口調であの雲雀を諌める千紘に呆気に取られる。
というか、なんだこの親密そうな雰囲気。何気なく添えられているように見える千紘の腰を持つ手もなんだか落ち着かない。見て良いのだろうかと落ち着かない気分になる。
そこを凝視していたのを目敏く気が付いたらしい雲雀が千紘に気付かれない程度に口端を持ち上げたのを視界の端で捉えてしまい、ゾッと肝を冷やしたのは言うまでもない。



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2022.12.31 百
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