☆番外編 | ナノ 「…咲山、てめーに話がある」
「……ええと、とりあえずどうぞ」


予定の無い休日の午後、暇つぶしに勉強や掃除をしているとインターホンが鳴った。
シャーペンを置いて玄関の扉を開けば、そこに立っていたのは驚いたように目を見開いた獄寺。対する千紘も予想外の来客に目を丸くする。
そのまま数秒の間無言で見つめ合った後、ぎろりと不機嫌そうに獄寺が千紘を睨み付ける。
学校では基本的に沢田、山本、獄寺と行動を共にしているが、獄寺と個人的に言葉を交わしたことはあまりない。仲が悪いというわけではなく、単純に沢田以外に無愛想な獄寺と会話をする機会がないだけである。
よって、休日にわざわざ一人で訪ねてきた獄寺に面食らうのも無理はない。
不思議そうに首を傾げた千紘に獄寺の眼光が鋭くなる。いや、分かるわけない。
取りあえず話があるというし、家の中へと招き入れる。チッ、と舌打ちをしながらも靴を脱いだ獄寺を居間へと案内する。


「座ってて。お茶持ってくる」
「…………」


どかりと乱暴な動作で腰を下ろした獄寺に一言残して台所へと向かう。
冷蔵庫に入れていた麦茶を注ぎながら、そっとカウンター越しに獄寺の様子を窺う。しかめっ面のまま視線を巡らす獄寺は相当ご立腹なようだ。
何か怒らせるようなことをしただろうか、と自身の行動を顧みるが特に思い当たることはない。
最初に千紘の部屋の手配をした草壁が来客用にと用意しておいてくれたお盆にコップを二つ乗せて居間へと戻る。


「お茶どうぞ。お茶請けなくてごめん」
「…そんなことよりてめー、普段からいきなりドア開けてんのかよ」
「うん? 玄関?」
「当たり前だろうが。舐めてんのか」
「うーん、あんまり人が来ることないけど、まあ開けてるかな?」
「はあ? 相手確認してからだろ普通」
「?……あ、インターホンか。忘れてた」


不機嫌全開の獄寺から突然の指摘を受けて、お茶を差し出した体勢のまま千紘は目を瞬かせる。
そんな千紘にチッ、と舌打ちをした獄寺から、先程何の確認もなく扉を開いたことが不用心だと注意を受ける。
あまり人が訪ねてくることがないためにインターホンを使うことを失念していたが、全くもって獄寺の言う通りである。
普通はインターホン越しに相手を確認してから対面するものだ。獄寺も当然そのつもりで待っていたのにノーモーションで扉を開けられたのだ。驚きもする。
次から気を付けるよ、と素直に謝る千紘に対して、ぎゅっと獄寺の眉間の皺が深くなる。
どうやら更に機嫌を損ねてしまったらしい。


「てめーの言葉は信用ならねぇ」
「え」
「どんだけ言われてもてめーの食生活は改善する気配がねぇ」
「えっ……いや、ええと、その、それは…」
「朝食も昼食もすぐ忘れやがる。10代目がどんだけ気に掛けてくださってると思ってんだ!」
「……はい…」
「10代目がお優しいからって甘えてんじゃねーぞコラァ!」
「ご、ごめんなさい……」


捲し立てるように吼える獄寺の言葉はまさしく正論でしかなく、返す言葉もない。
もちろん千紘とてわざとやっているわけではではない。しかしどうしても千紘の中で優先順位の低い食事を抜かしてしまい、それが超直感の持ち主である沢田にすぐばれてしまうのだ。
だが千紘本人の思いがどうであれ、沢田を心配させているのは事実。
気を付ける、と口にしながらも一向に治らない千紘に痺れを切らして直接文句を言いに来たのだろう。沢田を敬愛して役に立とうと努力している獄寺が怒るのも仕方がない。
それでも肩を落として殊勝な態度を取る千紘にほんの少しだけ溜飲が下がり、口を噤む。
千紘から視線を逸らし、棚に置かれている紙袋をきつく睨み付ける。今日学校で沢田から手渡されていたそれには、沢田の母手製の料理が入っている。
沢田と同じく千紘のことを気に掛けている沢田の母が度々差し入れをしているのを獄寺は知っている。気に入らない。どうしてこいつばっかり。
ふつふつと湧き上がる不満に眉間を絞っていると、控えめに千紘が声を掛けてくる。


「……良かったらはんぶんこする?」
「…はあ? いきなり何言ってんだてめーは」
「今日もらったの、肉じゃがなんだよ」
「……だから何だよ。あれはお前がお母様から頂いたもんだろ」
「うん。獄寺もツナママのごはん食べたことある?」
「あるに決まってんだろ! てめーだけが特別だと思ってんじゃねーぞ!」
「うんうん。じゃあ知ってると思うけど、めちゃくちゃおいしいよ、きっと」
「うぐ……!」
「それに、獄寺に分けたって言ったらツナママ喜んでくれそうな気しない?」
「…当たり前だ。あのお優しいお母様がお怒りになるわけがねぇ」
「ね、俺もそう思う。だからはんぶんこしよ」


沈黙を破った千紘の声は、ゆっくりとした話し方も使う言葉の響きも柔らかい。
正直に言えば、沢田にも沢田の母にも気に掛けられている千紘に嫉妬していた。
千紘にぶつけた言葉が間違っているとは思わないが、必要以上に攻撃的だった自覚はある。苛立ちのままに声を荒げてしまった。
多少なりとも不愉快になってもおかしくない責められ方をしたというのに、こちらを見上げる千紘の表情に翳りはない。
淡い色の瞳を穏やかに細めて、入れ物探してくるね、と立ち上がった千紘を呼び止める。


「……てめー、頭おかしいんじゃねーのか」
「え、唐突」
「なんでヘラヘラしてやがる。イラついてねーのかよ」
「うん?」


渋面を作ったままぶっきらぼうに放り投げられた言葉に、千紘はきょとんと首を傾げる。
尊敬している人物以外に対して獄寺から放たれる言葉は刺々しく、相手を攻撃するものであることが多い。だからしょっちゅう揉め事に発展するし、怖がられて距離を置かれたりもする。
獄寺自身はどうでも良い他人に対してはそれで良いと思っているが、この咲山千紘という人物はどちらでもない反応をする。
どれだけ威圧的で攻撃的な態度を取っても、腹を立てることも怖がることもしない。だからといってこちらを舐めているわけでも他人の機微に鈍感なわけでもない。
そんな反応をする千紘にずっと違和感を覚えていた、と獄寺から告げられた千紘は困ったように小さく微笑んだ。


「うーん……怒られるかなと思って黙ってたんだけど」
「なんだよ」
「俺、獄寺のことかわいいなと思っててさ」
「………っはぁ!??」
「あっ、見た目のことじゃないよ。見た目はイケメンだと思ってる」
「んなこと聞いてねーよ! 誰がかわいいだとてめー…!!」
「いや、だってかわいいでしょう、どう見ても」
「どこがだ!! 吹っ飛ばすぞコラァ!!」
「なんていうの、思春期っていうか男の子って感じがさ、かわいいんだよな」
「アア!??」
「だからさ、こわいとは思わないよ」


のんびりとした調子で宣う千紘に獄寺が激昂する。言うに事欠いて『かわいい』などと称された獄寺の怒りは最高潮だ。
しかしそうやって怒鳴る獄寺も千紘から見れば『かわいい』としか思えない。だってそうだろう。
沢田の為を思って日々せっせと動き回り、時には度が過ぎて沢田を困惑させてもめげることなく奮闘しているのだ。申し訳ないがかわいい以外の何者でもない。
それに態度の悪さで気が付かれにくいが、根はとても素直だ。
基本的に沢田の為にしか動かない獄寺だが、だからといって他人に無頓着という訳でもない。先程も千紘が反省している様子を見て、まだ言いたいことがあっただろうが言い募ることを止めた。
そして自分が悪かった部分もあるときちんと認めて千紘の反論も聞こうとした。敵意の無い相手に対して手を上げることもない。
なにより。


「獄寺は間違ったこと言わないし、怒る理由がないよ」
「…………」
「ごめんなさい。俺がいい加減なせいで獄寺に余計なこと言わせちゃったな」
「……チッ、気持ちワリー」
「え、ひどい…」
「物分かりが良すぎんだよてめーは。張り合いがねぇ」
「うん…? あれ、褒めてくれてる?」
「ばっ……!! ちげーよバカ!! さっさと入れ物持ってこい!!」
「ふふ、はーい」


柔らかく唇を綻ばせた千紘は今度こそ台所へと消えて行った。
ほのかに赤くなった頬のままがしがしと銀色の髪を掻き乱す。お前こそ十分に他人に気回してんじゃねーか。
人間ならば、ましてやまだ中学生であれば感情を持て余してしまうのが普通だ。言い過ぎてしまったり言葉を間違えてしまったりして、他人とぶつかりながら感情のコントロールを覚えて大人になっていく。
だが千紘にはそれがほとんどない。いつだって穏やかで柔らかな雰囲気を以てして、相手の怒りや不満をいつの間にか溶かしてしまう。
千紘本人に自覚があるかどうかは定かではないが、そう容易にできることではない。
まんまとその手腕に乗せられてしまった獄寺は、平和そうな顔で戻ってくるであろう千紘を全力で睨み付けることで悔しさを紛らわすことにした。


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2020.3.26 百
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