「サラマンダー様!」

緑を瞳に宿す女が消え去った日から――既に10日。

橙を瞳に宿す女の手により、ミノンはとある屋敷の一室に保護されていた。しんと静まりかえった屋敷に人気はない。彼女はここに来てからというもの、女中はおろか――サラマンダーの他は誰一人として会わされていなかった。屋敷の主であるはずの女ですら、目を覚ました直後以降、会ってはいない。

「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ。」

「……ああ。」

彼女が彼をソファに案内する。屋敷は王都内にあるため、彼は毎日の様に顔を見せていた。それが女の考えであり、彼も望んでいたからだ。彼の来訪が彼女にとって嬉しくないわけがない。彼女は一日の大半を一人きりで過ごしながら、彼が来ることだけを待ち続ける日々を送っていた。

「……調子は。」

「とても良いです。」

彼が彼女の横に座り、チャクラをかける。彼の来訪は治療も兼ねているのだ。

「……街は、どうですか?」

「…………特に変わりはない。」

彼女は預かり知らぬことだが――貴族達の目からの保護という面もある以上、彼女の外出は一歩も許可されていない。もちろん未だ地脈の乱れが残る街に出るなど論外ということもある。リアは元気か、街の様子はどうか……毎日繰り返されるそんな問いに、彼は能う限り答えることを続けていた。

「ああ……あれは、ほとんど片付いたらしい。」

「……あれ?」

「…………反魂だ。」

「まあ、そうですか……良かった……。」

サラマンダー以外の来訪はない。女中もいないため、人間らしく食事を摂ることもできない。だがそんな酷な状況の中でも、彼女が見せる笑顔は――まるで嘘の様に――穏やかなものだった。どこからか女が持ってきたあの白い着物に身を包み、きちんと髪も結っている。

「本当に、リア様達のお陰ですね……。」

街に出たい気持ちはある。役に立ちたい思いは日に日に募っている。しかしそれが今の自分には不可能だと、彼女はわかっていた。体内外の気の乱れから未だ力を使うことは難しく、発熱も起こしやすい。襲い来る無力感、焦燥感――そして、足元がない様な感覚。彼女はそれを必死に押し隠し、まるで孤独と不安を埋める様に、彼の前では殊更に明るく振る舞っていた。もちろん彼に会えた嬉しさで覆い隠されるものもあるのだろう。

「…………熱は。」

「……ありません。」

微笑って答えた彼女の額に、大きな手が宛がわれる。彼は少しばかり首を傾げた後、そっと離れた。熱い気はするが断定できる程ではなかった様だ。そういったことに疎くならざるを得ない出自を思えば、判断できないのも仕方のないことだろう。

「…………きちんと寝ろ。……寝るのが一番の近道だと、リアが言っていた。」

「……はい。」

いくらかの危うさを孕みながらも、笑顔を見せて彼女が答える。隔離された状況に加え彼の治療も功を奏しているのか、回復は順調だ。発熱の頻度も程度も目に見えて低くなっている。このまま順調に行けば――復帰は近いだろう。

「……そういや……預かり物がある。」




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