夜が明けたあと、陽はその姿を見せなかった。

暁闇の様に暗い外では、黒雨が音を立てて降り続いている。時おり強い風が吹き付け、窓はガタガタと煩く鳴った。すっかり憔悴したガーネットには、ジタンが支える様に寄り添っている。だが彼にもいつもの様な明るさや芯の強さは見えず……顔にはやや険しいものが浮かんでいた。

女王暗殺の首謀者が捕らえられ、その手下は殆どが殲滅された──まだ残党や他勢力の可能性に警戒は怠れないとはいえ、少し力を抜いても良いはずの状況だ。しかし、誰一人として明るい顔をするものはなく……厚く垂れ込める黒雲に圧し潰されるかの様に重苦しい空気が立ち込めている。

エーコは朝早くリンドブルムからの使者に連れられ、何の抵抗も示さずに帰っていった。もう、ガーネットに迫る危険はないこと──自分に万一のことがあれば、多くの人に迷惑が掛かること。それを懸命に頭で理解して、自らに言い聞かせる様に。

──………ねえ、ビビ。

使者の来訪を告げられた時、彼女がしたのは──一晩中ずっと隣にいてくれたビビに、俯いた笑顔で呟くことだけだった。

──…………リンドブルム、一緒に来ない?

彼が謂れのない偏見を受けると知っていて……彼には何の関係もないとわかっていて。残りたい気持ちは彼も同じはずだと、そして彼にはそれが可能なのだと理解していて。それでも彼女は、そう口にした。──そうせずにはいられなかったのだ。

目が覚めた時、ジタンとフライヤは帰ってきたが──サラマンダーとミノンは、帰って来なかったと知った。……二人がどこかで生きていることは何となくわかる。しかし、どこで何をしているのか、どんな状態なのか──それを知る術が、彼女にはなかった。

不安で押し潰されそうな気持ち。今にでも部屋を飛び出して、探しに行きたいような気持ち。それを頭で抑えられる程、たった一人で持ち帰れる程……彼女は大人ではなかったのだ。

──……うん。

ビビは驚く様子も見せず、理由も訊かず、ただ短い肯定の返事をしただけだった。不思議に思い自然と顔を上げたエーコの瞳と、静かな瞳がかち合う。

──ボク、エーコと一緒にいるよ。

そう言って、ビビはそっとエーコの手を握ったのだった。やって来た使者に白地(あからさま)な驚愕と蔑視の目で見られても、嫌な顔一つせず──約束した通り、飛空挺に乗り込むまでもその後も……決して傍を離れなかった。

客室に留まっていたフライヤは、昼ごろ帰還命令が届いて後ろ髪を引かれる思いをしながらブルメシアに戻った。ジタンとガーネットと言葉少なに別れの挨拶を交わし、状況の報告を約束されて。

ベアトリクスはあの夜たった一度ガーネットの元に報告に現れたきり、未だ姿を見せていない。事実上の軍の最高責任者である故、事件の処理と警備体制の調整に奔走しているのだ。

──ベアトリクス!無事で良かった、みんなは、……ミノンは……オニキスは……!?

エーコも寝付いた深夜。スタイナーと二人で部屋にいたガーネットは、やっと現れたベアトリクスに飛び付かんばかりの勢いで不安をぶつけた。堪えきれなかった涙が頬を滑る。

──……リリーは地下独房におります。命に別状はございません。

──………っ、……どんな様子なの……?

──……意識がないのです。捕らえた時も、自室で倒れていたとのこと……真意は未だ掴めません。

報告に上がる前の僅かな時間で得た一通りの情報を、ベアトリクスはひどく冷静に述べた。その変わらない声を聞いて安心したのか、ガーネットも少しだけ落ち着きを取り戻す。

──……そう……。……みんな、は……?

──ジタンとフライヤは、私と共に帰還いたしました。サラマンダーは、リアが連れ帰りました。心配は不要です。

──良かった……無事なのね……。

そう呟くと、ガーネットは詰まっていた息を浅く吐いた。──沈黙が落ちる。

──……ミノンは、……どうしたの……?

この優秀な側近が、情報を伝え忘れるなどということがあるはずはなかった。現に彼女は退出せず、礼の姿勢のままで留まっている。つまりそれは──言葉に詰まっているということ。

──………話して……平気よ、──話して。

長く迷った後、ガーネットは聞くことを望んだ。決して「話してください」とは言わず……それでもしっかりと言い切る。

──……はい。……ミノンは、……アニエッタが、連れて行きました。

──………っ!どうして……っ、……どうして……!?

──……防ぐことが出来ず、申し訳ございません。

──どうして……どうして、……あの人が……。




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