Happy

Birthday


お誕生日おめでとうございます!
いつもお世話になっているお礼の気持ちを込めて。

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夢か現か





※現パロ リーマンリヴァイ×部下夢主



「みんなありがとう、これで終了だ。本当に助かった! 感謝する」

 普段寡黙なミケ課長が、今回ばかりはフロアで作業している全員に聞こえるように声を張った。
 一拍置いて、何十という吐息の音がフロア中で漏れる。安堵のため息だ。
 どこからともなくパラパラと疎らな拍手が起こる。作業が無事に終了したことを祝しているのだ。
 無事に終わったことに、私も、そして隣のリヴァイ課長も、ホッと息を吐いた。



 今回、トラブルの原因となったのはミケ課長の部署、営業二課だった。

 明日の朝10時より我が社の新商品のプロモーションイベントが行われる。Z世代をターゲットとした清涼菓子だ。
 会社としてもこの商品にはかなり力を入れていた。イベントステージは都心の一等地ストヘス駅前に設置、さらにイベントではターゲット層に人気の動画配信者もキャスティングしたらしい。

 だが、イベント会場で配布する商品サンプルに重大な印刷ミスがあったことが発覚した。それがイベント前日の今日、19時頃の話である。
 パッケージに記載されている原材料名に誤植があったのだ。原材料名の誤りは許される物ではないし、まして商品は食品である。尚のことダメだ。
 明日のイベントを取り仕切るのが営業二課だが、最終準備を行っているところでこの誤植に気がついたらしい。大至急修正作業を行わないといけないということで、社内に残っていた人間が掻き集められたというわけだ。
 営業二課のお隣、営業一課で残業をしていた私も、その掻き集められたうちの一人である。

 パッケージの誤植となると人海戦術しか方法がない。訂正シールを作成して、それを誤植の上に延々と貼っていくのだ。
 集められた数十名の前でミケさんは、「こんな直前まで気づけなかった俺の責任だ、なんとか力を貸して欲しい」と深々と頭を下げた。
 だが、こういう時はお互い様だとみんな知っている。集められた者達はみんな社運を賭けた新商品のためにと快諾した。
 作業が始まったのは20時前である。こんな夜からのスタートでは日付を越えるかもしれないと覚悟していたが、社員達の団結の甲斐あり、終了時刻は予想よりも早く23時過ぎだった。



 * * *



 ミケ課長は営業二課の課長だが、私の上司、営業一課の(おさ)は、リヴァイ課長である。

 今日営業一課で残業していたのは、私とリヴァイ課長だけだった。
 二人で黙々とパソコンに向かっているところにミケ課長がやってきてリヴァイ課長に耳打ちをし、するとリヴァイ課長はすぐに席から立ち上がった。

「ナマエ、お前も来い。営業二課のヘルプに入る」

 リヴァイ課長にそう言われ、私も作業場へ連れられていったのである。

 本当のことを言えば、リヴァイ課長と二人で仕事がしたかった。
 だって、今日は私の誕生日だから。



 リヴァイ課長に密かに憧れている女子社員は多い。私もそのうちの一人である。
 営業一課――リヴァイ課長の下に配属されてすぐ、その仕事ぶりに心酔してしまった。
 心酔して間もないうちに、ふとした瞬間に覗く彼の優しさを知った。
 心酔はすぐに恋愛感情へと形を変えてしまった。

 社内恋愛は面倒くさいことだと重々承知している。だからもちろん、この恋心は誰も知らない。誰にも打ち明けたことはない。
 私だけの心の中にしまっているのだ。きっと、これからもずっと。



 リヴァイ課長に片想いしている私には、当然だが彼氏はいない。
 学生時代の友人はみんな遠い地にいるし、仲の良い同期達もバラバラの支社に配属されている。一人暮らしで同居家族もいない。よって、今日私の誕生日を祝ってくれる人は周りにいないのだ。
 誕生日といっても大人になるとこんなもんだ。恋人でもいなければ、特別なことのない普通の一日になったりする。

 ならばせめて会社でリヴァイ課長を独り占めしてやろう! と、誕生日の今日、急ぎでもない仕事に手をつけ、敢えての残業をしていたわけである。
 結局、ミケ課長からのヘルプ要請で何十人といる作業場に集められたから、二人きりにはなれなかったわけだが……
 まあ、二人きりで仕事をしていたところで特に会話が弾むようなこともなかっただろうし、私と課長の距離が縮むようなイベントが発生したとも思えない。
 それにシール貼り作業はずっと課長の隣の席で行っていたから、結果的に私は3時間も課長の隣にいられたわけである。
 そう考えれば、まあ悪い誕生日じゃなかった。良い誕生日だった。



 * * *



 作業終了後、まだ終電に間に合う者達は駅までダッシュしていたが、私は自分のデスクでのんびりと帰り支度をしていた。
 私の自宅へは途中で一回路線を乗り換えなければならないが、その乗り換える路線の終電が早いのだ。もうこの時間では間に合わず家まで辿り着けない。
 なのでタクシーで帰ることにした。この時間、会社前の通りには流しのタクシーが多いからすぐに拾える。ちょっと出費は痛いけれど、ネットカフェに泊まるよりは身体も休まるだろう。
 そんなことを考えながら鞄に書類とパソコンを詰めていると、突然、机の上にボンとビジネスバッグが置かれた。
 見れば、すっかり帰宅準備を整えたリヴァイ課長だった。

「お前、電車ねえんだろ。今日は車で来ているから家まで送る」
「……えっ、あっ、?」
「家はトロストのほうだったな?」

 ぽかんと呆けた。課長が何を言っているのかよくわからない。脳のシナプスが上手く稼働していない、みたいな。
 いえまでおくる? イエマデオクル? 
 課長の言葉がどうも漢字に変換できない。言っていることが理解できない。

 唖然としている私をよそに課長はスタスタと歩き出す。そしてフロア入り口で足を止めると立ったままこちらを振り向いた。
 蛍光灯のスイッチに手をやり、だがスイッチを切らずにじっとこちらを見ている。

 ……私を待ってくれている?

 突然脳のシナプスが稼働し始めた。
 いえまでおくる。イエマデオクル。
 ――家まで送る!!!
 リヴァイ課長が、私を、車で、家まで送ってくれる、って!?!?

「――――はっ、はい!!」

 声をひっくり返してしまった私は、大慌てで書類を鞄に押し込む。
 良い誕生日どころじゃない、とんでもない誕生日になってしまった。



 * * *



 リヴァイ課長の黒いスポーツセダンは、清潔で静かだった。
 車特有の嫌な臭いもしないのに、芳香剤のとってつけたような人工的な臭いもない。無臭だ。
 エンジン音も静かだ。BGMもない。ラジオも鳴らさない。
 こんなに静かだと、助手席に座っている私の心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと心配になる。

 数センチだけ開いた窓から、深夜の風が入り込んできた。
 都心の深夜は昼間の喧噪を忘れたような、でもネオンの色が付きまとってくるような、奇妙な空気だった。

「すみません、送っていただいて。ありがとうございます」
「こっちこそ急に手伝わせて悪かったな、こんな遅くになっちまって」
「いえそんな、トラブルがあれば当然です。
 ……でも無事に終わって良かった。明日のイベント、上手く行くといいですよね」
「ああ、そうだな」

 気の利いたことが言えない。何の面白味もない会話だなと自分でも思う。
 だが、こんな密室で緊張している私には無難なことしか言えなかった。



 交差点の赤信号で、車が止まった。
 静かな、そして丁寧な止まり方だった。実家の父親の運転よりも、今まで付き合ったどの男の子の運転よりも、丁寧で綺麗だった。
 静けさが余計に運転の穏やかさを引き立たせている。

「車の運転が上手い男は、セックスが上手い」
 今朝満員電車で見かけた、下世話な週刊誌の中吊り広告が頭に蘇ってしまった。
 かあっと顔が熱くなる。想像しそうになったものを、脳内で必死に打ち消した。



 次の交差点で、車は左へとウインカーを出した。

「……あの、えっと……」
「ちょっと寄っていきたいところがある。すぐに済む」

 自宅のあるトロスト区とは反対の方向だったので声を出すと、リヴァイ課長は低く落ち着いた声で返してきた。
 左へ折れた車はしばらく進み、数分後に止まったのは、都心のど真ん中、ヤルケル区のケーキ屋である。

 深夜に大都会のヤルケル区へ来ることなんてないから知らなかったが、こういう都会の真ん中では、深夜まで営業しているケーキ屋もあるらしい。
 看板の下に小さく書かれている営業時間を見れば25時までとなっている。もしかして、夜のお仕事をする人が使ったりするのかもしれない。

 なぜ課長はこんな時間にケーキ屋を訪れたのだろう。
 ……恋人へプレゼントするのかもしれない。トラブルで帰りが遅くなったから、自宅で待っている彼女にお詫び、とか。きっとそんなところだろう。
 私のささやかな胸が、ちくんと痛んだ。



 ケーキ屋の中に入ると、深夜だというのにショーケースはキラキラと輝くケーキで埋め尽くされていた。
 色とりどりのフルーツやつるつるのチョコレートが鮮やかに光っている。本当に宝石箱みたいだ。

「どれがいい。好きなのを選べ」

 抑揚のない声で言う課長に思わず目を剥く。
「好きなのを選べ」とは? ……言葉通りの意味なのだろうか?
 もしかして私にケーキを買ってくれようとしているのだろうか? それとも……彼女に渡すケーキを私に選ばせようとしている、とか?
 眉間に皺を寄せケーキではなく課長を見つめていると、課長もちらりとこちらに視線を向ける。だが、すぐに伏し目がちに視線を逸らしてしまった。
 そうして課長は、やはり抑揚のない声でぽつりと言った。

「今日、誕生日だっただろう。せっかくの誕生日だったのにこんな時間まで付き合わせちまって悪かったからな。
 大きなトラブルだったからついお前もヘルプに呼んじまったが……本当は、何か予定とかあったんじゃないのか」



 ない。ないです。
 そんな、予定なんてない。
 だって私、課長と一緒にいたくて、せめて誕生日くらいは課長をいつもより長く眺めていたくて。
 そんな理由で残業していたのに。

 課長、私の誕生日を知っていてくれたんだ。
 部署の誰にも言ったことはないのに。



「大丈夫です、予定なんてなかったです」と言うべきだ。
 でも、声が出なかった。
 きつく胸が詰まると声が出なくなる。そんなこと、この数年なかったからもうずっと忘れていた。
 声が出ないから仕方なくブンブンと首を横に思いっきり振ると、課長の唇からは、笑い声のような吐息が漏れた。



 * * *



 結局、苺のショートケーキとベイクドチーズケーキとティラミスを買ってもらった。
 私が選んだのは苺のショートケーキだけだったのだが、課長が勝手に足したのだ。3つも食べられないと遠慮したが「残った分は明日の朝飯にしろ、若いんだから朝からでもケーキ食えるだろ」と謎理論で押し切られてしまった。



 家に着いたのは日付が変わる間際だった。マンションの真ん前に車をつけてもらい、助手席のドアを開ける。
 私が車から下りると同時に、機械音をさせて助手席の窓が開いた。

「ありがとうございました。タクシーで帰ろうと思っていたから……助かりました。ケーキまですみません」

 右手にケーキの箱を掲げ、車の窓から覗き込むように御礼を言う。
 すると、運転席の課長も助手席の窓へと顔を寄せた。

「遅くなって悪かったな。お前がマンションの中に入るまで見ているから、気にせずに行け」
「ありがとうございます。じゃあ……」

 頭を下げ、踵を返す。私がマンションに入らないと課長が帰れないのだ。さっさと入ろう。
 エントランスへと進み、忙しなく鞄からカードキーを出す。読取り部にかざすとピッと解錠音がして重々しい自動ドアが開いた。
 そそくさと中へ入り――

 私が入ると同時に、車から声がした。

「ナマエ」

 車を振り返ると、運転席のリヴァイ課長は全開の窓に顔を寄せ、そして声を張った。

「誕生日おめでとう。祝えて良かった。また明日」



 どん、と心臓が大きく跳ねた。



 一拍置いて、機械音と共に助手席のパワーウインドウが閉まっていく。
 同時にエントランスの自動ドアも閉まってゆく。

 リヴァイ課長が運転席へ座り直し、黒いスポーツセダンはゆっくりと滑り出した。
 静かに、丁寧に。まるでそこにいたことが夢見たいに。
 ――いや、もしかして、これは夢?



 車の姿がすっかり見えなくなると、私はもう一度エントランスから道路へと駆け出した。
 道路には、車の痕跡は何一つない。タイヤ跡ももちろんないし、残り香の一つもない。あんな丁寧な運転では何も残らない。
 やっぱり、私は夢を見ているのだろうか?

 ふと俯くと、右手にケーキの箱を持っていることに気がついた。
 白い紙箱に気がつくと、箱の中にしっかりとケーキ3個分の重さを感じる。



 夢じゃない。

 でも、ああ。
 夢みたいな誕生日になってしまった!



 そうして私は、ケーキの箱を持ったまま、誰もいない深夜の道路に、へなへなと腰を抜かしてしまったのだった。




【夢か現か Fin.】


鳥籠/鈴女
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