5.
「なんだよ、まだ16時じゃねーか」
「夕方から曇るって言ってたね」
「え、雨降る?」
「明日は」
花巻君が私に目配せをしながら、お店の前の傘立てに手を伸ばしたから、私は笑って首を横に振ってみせた。
「そうか。じゃあ気をつけてな」
「いろいろありがとう。またね」
片手を挙げて返事の代わりにしたクラスメートに背中を向け、歩き出す。
少して引き戸の音が遠くから聞こえ、ちらりと振り返ったら、花屋の前を行き交う人ごみが見えた。
花巻君の口癖、面白かったな。
お花屋さんのエプロン、仏頂面だと似合わなかったな。ずっと笑えばいいのに。
先生は相変わらずコーラが好きだったんだな。会いたいな。
一つずつ浮かんでくる会話の断片は、もうビンテージ品みたいに色が変わってる。
今起こったことなのに、もう何週間も前のこと……いや、一年くらい前のことみたいだ。
そこまで考えてもう一度、お店の中で過ぎった思いが蘇る。
――しんじゃうみたいだ。
確かに死んだのかもしれない。
おわりと言えなかったのは、それを受け入れられなかったからだ。
じゃあ、あの部屋で、あのひとへの問いかけが少し詰まったのは?
「……。うん」
最後に浮かんだあのひとの苛立った背中に、今更ながらに言葉を送る。
天気予報は知っていた。
けれど、全部さらっていくような雨を待っていた。
私の物も、あのひとの物もその雨水に浸されて、汚されて、仕方がないと笑って捨てられたなら……。
「あっ」
ずるりと肩にかけていた鞄が落ちた。
掛けなおして、バスケットも抱えなおすと、空の色を吸い込んだような花びらが目の高さにまで近づく。
その色に、私は初めて死を差し出されたような気がした。
心がすとんと納まるべき場所に納まる。
私はその場所から落ちないように、歩く速度を緩やかにすると、雑踏に溶け込むように人の間を縫い、進んだのだった。
2014/11/21 了
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