お嬢様なんて、冗談じゃない! | ナノ

男に狙われるなんぞ、冗談じゃない。

「二階堂エリカ! お前、どういうつもりだ!? 今度は姫乃になにするつもりだ! 婚約破棄したことをまだ恨んでいるのか!」
「…何いってんだお前。気持ち悪いやつだな」
「は……?」

 知らない男から、未だに俺に気があるんだろ? みたいな言い方をされた。俺のテンションはただでさえ低いのに超低空飛行に移行した。
 今日はお腹が痛いんだよ。男として屈辱的な日なんだ。放っておけよ。つうかお前誰だよ。
 思わず自分の感覚で返事してしまったと気づいたときにはもう遅い。目の前にいるやけにキラキラしいイケメン男子は毒気が抜かれたようにぽかんとこちらを見下ろしているではないか。
 腕を力強く握りしめられていたが、それを思いっきり振り払うと、俺は足早にその場から逃げた。

 じわじわじくじくと痛むお腹。小走りで逃げていた俺だが、その慣れない痛みに負けそうになり、廊下の隅っこでしゃがみこんでしまった。
 しゃがみこんでも痛みは消えない。
 女は毎月毎月こんなのと付き合っているのか。子どもが産める年齢の間ずっと付き合ってるの? マジでやばくね? 普通にすごくね? 陣痛とかこれより痛いの?
 お腹痛すぎて吐きそうだし、目の前がくらくらして意識消えそうなんだけど。

「おい、どうした。…宝生となにかあったみたいだけど」

 そこに声を掛けてきたのは慎悟だ。本日もすかした顔をしたイケメンである。
 ……お前は良いな。こんな痛みとは無縁だもんな。

「……腹が、痛い」
「……腹? …あ、おい!?」

 慎悟の顔を見たら気が抜けたのか、俺の意識はブラックアウトした。



 しばらく眠っていたらしい。
 起きるとそこは保健室のベッドだった。保健室の先生から貧血ねと言われ、鎮痛剤を貰った。飲んでからしばらくしたら効いてきたので、俺は授業に戻るべく廊下を歩いていた。
 …保健室の先生からは鉄分や亜鉛をたくさん摂るようにとアドバイスされ、お腹を温めるように、赤ちゃんを生む大事な身体だからねと諭された。

 俺は男として大事なものがひとつ、またひとつと消え去っていきそうな気がして怖くてならなかった。
 

 
「最近の二階堂さんはおかしいね」

 今は授業中だ。
 なのだが、奴はそこにいた。
 体育の時間なのか、体操服姿でそこに佇むのは例の上杉という男。なぜここにいるんだ。お前、授業はどうした。
 ただでさえ怠い身体がこいつのお陰でますます重くなった気がする。エリカちゃんも変な男に好かれたものだ。

「言葉遣いは悪いし、仕草や行動はガサツを通り越して、粗暴。…男そのものだ」
「……これが本当の俺だって言ったら? ずっと猫をかぶっていたんだよ。女らしくするとかマジ勘弁」

 この際だ。鬱陶しいこいつにはとことん嫌われてやろう。エリカちゃんが戻ったときに危害を加えられないように、こいつにはトラウマでも植え付けておこうか。

「……君は別人なんでしょう? 二階堂さんを、本物の彼女を返してよ」

 おや、と俺は眉をひょこっと動かした。こんな非現実的な事を信じるやつが慎悟の他にも存在したのかって。

「なんでそう思うの? 本当の俺はこっちなのに」
「違う、彼女はもっとおしとやかで従順で人形のように可憐だった」
「そんなんお前が勝手にイメージしてるだけだろ。そのイメージが壊れたからってムキになるなって」

 恨むなら、こんな行動に移したエリカちゃんを恨むんだな、なんて。
 俺は慢心していた。奴が目の前に近づいて来たのに遅れて反応した俺は、ハッとして避けようとしたが、その前に手首を拘束された。それを振り払おうと腕を振るが、相手も力を込めて俺の行動を制限する。

「離せ…よっ」
「細い手首だね。こんな腕、力を込めたら簡単に折れるんだよ?」

 ……な、何を言っているんだこいつは…!
 腕折るつもりか!? なんで! 俺の発言が気に障ったからってそこまでするの!? やばっ、こいつやばいわ!
 俺はもがいた。エリカちゃんに怪我させるわけにはいかない。五体満足で返すのだと決めているのだ。
 だけど上杉の拘束は解けない。ひょろひょろしてるくせに……俺の身体なら身体の大きさの違うこんなガキ簡単に振りほどけるってのに…! くっそぉぉ!! ふざけんなよ!

「君が彼女の身体から出ていくって誓うなら離してあげる」
「くっ…!」

 こっちだって身体を返せるものならとっくの昔に返してるよ!
 こんなサイコパスに負けを認めるのか俺…! なんでこの体はこんなにも貧弱なんだ…! どうして俺は女の子の身体に憑依しなきゃいけなかったんだ…! どうして俺がこんな目に……なんでなんだよエリカちゃん…!

 悔しくて涙が出そうだった。
 敵の前で泣きたくなどない。だけど自分が情けなくて涙が出そうなんだ。多分身体が女の子のものだからだろう。きっと涙腺がゆるいんだ。

「おい! 上杉お前なにしてるんだ!!」

 その声に俺は救いの神を見た。すうっと頭が冷えて、衝動的に行動に移す。勢いに任せて上杉の股ぐらを蹴りつけると、上杉の手が緩んだ。それを振り払うと素早く逃れる。
 そして俺は救いの神…慎悟の背中に隠れた。
 上杉は脂汗をかいて、男にとって大事な部分を抑え込んでいた。
 
「な、なにを…」
「ばーか! 潰されて子どもが作れない体になりたくなかったら二度と俺に近づくなよ!」

 最初からこうしておけばよかった。何故気づかなかったのだ。いや、もしかしたら男の俺が理性でその行動を止めていたのかもしれない。
 だけど今の俺は女の子に憑依しているんだ。つまらぬ同情など身を滅ぼす結果にしかならん。だいたい俺なんかもう子孫繁栄出来ないんだぞ! 親に孫を抱かせることは叶わないんだからな!! サイコパス、お前などに子孫繁栄させてなるものか!
 よっしゃあ…それ考えると俄然やる気出てきた! エリカちゃんに害為す男はすべて潰そう!

「今度から積極的にタマ潰すからな! 覚悟しとけよ!!」
「に、二階堂さんの口で、そんな事言わないでくれないかな……っ」
「ざまぁ!! 好きなだけ幻滅しろ! もっと下品なこと言ってやろうか!」

 エリカちゃんが絶対に言わなそうな卑猥なことを叫んでもいいんだぜ!
 震える声で上杉から文句を言われたので、調子に乗った俺が更に追い打ちをかけようとしたら慎悟に口をふさがれた。

「…悪いことは言わないから止めとけ」

 …まぁそうだな、エリカちゃんに迷惑がかかるかもしれないもんな。
 手のひらで口を覆い隠されたまま、慎悟の顔を見上げると、慎悟まで同じ痛みを味わったかのように真っ青になっていた。
 わかるぞ、俺も同じ男だからあの痛みは理解してるぞ。

 俺は慎悟同伴の元、教室に戻された。上杉はその場に放置だ。
 上杉と同じ体育の時間だった慎悟は、授業中に上杉がどこかに消えたことに胸騒ぎを覚えて授業を抜け出してきたらしい。
 さすがデキる男は違うな。

 しかし、面倒なやつに執着されてるから…どうにか対策を立てねばならないな。
 ていうかそれ以前に俺はいつまでここで女の子をやってないといけないわけ?
 エリカちゃん頼むから戻ってきて!!



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