お嬢様なんて、冗談じゃない! | ナノ

ダブルデートに行こう!

「なぁ慎悟、今度ダブルデートしねぇ? お前と三浦、俺と酒井嬢で」
「……酒井とお前ってそんなに仲が良かったか?」
「アッ、うん! めっちゃ仲良し! この間もデートしてきた! 人生初の女の子とのデートだったんだぜー! 羨ましいだろー!」
「いや。別に」

 …そうだった、こいつの好きな相手は男なんだった。何を言ってるんだ俺は。
 失言をしてしまったと気づいた俺は口を抑えた。ちらりと奴の反応を伺うと、慎悟の野郎は俺を疑いの眼差しでじっとり見つめているではないか。

「……なにか、企んでいないか?」
「そんなことないよ! ほら俺の目をじっくり見て。これがやましいことを考えている奴の目に見える?」

 俺は曇りなき眼で慎悟を熱く見つめる。ほらよく見て、これが悪いことを考えている人間の目に見える!?
 だけど慎悟は俺を見下ろし、眉をしかめている。なんだよそんな目で俺を見るなよ。

「……この間からなんかおかしいよな…。怒らないから正直に言え」
「俺は何もしてない!」

 あのね慎悟くん、俺は君よりお兄さんなんだよ。何だその言い方。小学生を怒る前段階の教師かよ。その言葉信用できないランキング上位なんだぜ。

「まさかと思うが…」
「女の子とデートしたいんだよ俺はァァ!」

 だって酒井嬢と約束しちゃったんだもの! 絶対に慎悟と三浦をくっつけようねって!
 デートだよ!? 青春のデート! しかも遊園地!
 遊園地で女の子とデートできるチャンスなんだよ…!

「だって俺、遊園地行きたい! 遊園地で女の子とキャッキャウフフしたいんだよぉぉぉ!」

 俺は泣き叫んだ。
 女の子と青春デートなんてこの先出来るかどうかもわからないのだ。俺に青春を分けてくれ。通り魔に殺されて女になってしまった哀れな男子高生に憐れみをくれよぉ!
 俺が土下座して必死に訴えると、頭上で「ハァァ…」とため息をつく音が聞こえた。

「…わかったから泣くな」
「参加してくれる? ダブルデート…」
「三浦が来るかはわからないぞ。それでもいいなら声を掛けておいてやる」
「神様仏様慎悟様!」
「おい…」

 歓喜した俺は慎悟に抱きついた。
 感謝感激のハグ。友情のハグだ。
 たとえ今の俺の身体が女の子の身体でも、これにはいかがわしい意味なんて含まれていない、健全なハグである。
 グリグリと慎悟の肩に顔を押し付けていると、息を呑んだ慎悟から頭を押されて引き剥がされた。

「いい加減に離れろって」

 なんだよー。三浦に操を捧げてるから俺とも抱き合いたくないのかー?

「お前…今は女の体なんだから本当、慎みを持てよ」

 口元を手のひらで隠し、頬を赤らめた慎悟にそう言われた俺はしばらく反応が遅れた。
 ……えっ? ごめん…お前はなんで照れてるの? 抱きついたの俺ぞ? 女体に意識してしまったんかお前……そんな童貞臭い反応……

「駄目だぞお前ー! そんな女慣れしてない童貞みたいな反応しちゃー!」

 お前には三浦がいるだろうが!
 だいたい加納ガールズにいつもベタベタされてるくせに何だその反応! 調子狂うわ!!
 俺が叫ぶと、赤面した慎悟から「声が大きい」と叱られ、頭をペーンとしばかれたのであった。


■□■


「まぁ、とてもお可愛らしいですわ」
「えへへぇ、ほんとぉ? 酒井さんも可愛いよぉ」

 男二人をくっつける作戦を仕掛けるためにネズミの国にやってきた俺と酒井嬢は、入場して早々にキャラクターショップで付け耳を購入した。
 赤いリボンを付けたネズミのつけ耳を付けた酒井嬢は可愛い。俺の頭にも同じものが飾られている。お揃いだよ。
 なんだよこれぇ、俺たちデートしてるみたいじゃない?

「ただの女子同士じゃねぇか」

 うるさいぞそこの三浦。俺の夢の世界に干渉してくるな。
 
 慎悟の誘いに乗ってのこのこやってきた三浦はめんどくさそうな顔をしてこちらを見てくる。なんかむかつく。そしてその隣には今日も絶世の美少年である慎悟が腕を組んでこちらを観察するように見ている。
 楽しくないのか? 好きな男が隣にいるのに、お前さっきから俺のこと観察してさ……
 俺はその辺にあったシンプルネズミ耳を手に取ると、それも購入した。

「ほらほら慎悟にも付け耳付けてやるよ」
「俺はいいって…」

 慎悟が苦い表情していたが、俺は背伸びして慎悟の頭に黒いネズミ耳を装着した。

「うん、お前も可愛いぞ! もう購入したから返品不可! さ、いこう!」

 俺がニッコリ笑うと、慎悟はしかめっ面をしていた。なにか言いたそうだったが、スルーしておく。
 お前もこんな日くらい若者らしくはしゃげよ。隣に三浦がいるんだぜ!? お前が自由な時間はわずかだ。期間限定だとしても、好きな奴との時間を大切にしたほうがいいと思うぞ!

 俺は酒井嬢の手をとると、男たちを置いてアトラクションのファストパス列に駆けていった。
 アトラクションに座るときは、彼らが隣り合うように仕組む。ティーカップアトラクションも同様だ。俺は酒井嬢と2人で乗った。大きな空飛ぶ象に乗るときもそうだ。
 ただ、後ろで待っている人もいたので、その関係で蜂蜜樽に乗るアトラクションとかは一緒に乗ったかな……

 俺の目的は友人の幸せを成就させること。なのだけど…隣にいる酒井嬢がはしゃいでいて可愛いなと眺めるので忙しかった。
 だってダブルデートじゃん? 慎悟が三浦と、俺は酒井嬢とってことじゃん! 今の性別は置いといて、俺はしばしのデートを満喫していたのだ。
 トロッコで巡るお化け屋敷に入ったときも、怖がる彼女を男らしく受け止めてあげようと思ったけど、乗り物に乗ってすぐに寝落ちしてしまった。
 いつの間にか慎悟の膝枕ですやすや爆睡していたのだ。……そういえば俺って劇場とかで暗転すると寝てしまう体質でした……

 昼食はキャラクター色満載のレストランでとった後は、いよいよ作戦を結構することになった。
 俺は酒井嬢とお互いアイコンタクトをすると、ぐりんと首を動かして男どもを見上げた。

「ここからは別行動な!」
「…は?」

 俺の提案に慎悟が呆けた顔をしていた。慎悟は今日の午前中ずっと微妙な顔をしていたが、ここでも困惑した様子を見せていた。
 だが悪いな、これは全てお前のためだ! …青春の思い出として、想い人とのデートを楽しんでくれ。これが俺に出来る最大級の応援なんだ……!

「俺と酒井嬢の邪魔するなよ!」
「私達はふたりっきりで楽しんでまいります。御二方は是非ともじっくり交友を深めてくださいまし!」

 ぐいっと手を引かれたので、酒井嬢と手を取り合ってその場から走って逃げた。
 「待てよ」と呼び止められたが、これは作戦の内。場内ではぐれて、強制デートイベントを発生させるのが目的。

 とりあえず奴らを撒くために途中で女子トイレに入って隠れた。

「なんとか…撒けたようですわね……!」
「うん! あいつら、素直になれるかな…」
「きっと大丈夫ですわ! 日常から離れた夢の国の雰囲気に飲まれて、きっとお互い素直に向き合えるはずです!」

 酒井嬢が拳を握って力説してくるから、俺もそんな気がしてきた。
 …素直になれよ、慎悟。俺は見守ってるからな…! 

 慎悟は自分に厳しすぎて、年相応の無謀さや冒険心を持ち合わせちゃいない。それが慎悟という男なのだが、俺はそれが心配だった。どうしたら得になるか損するかばかりを考えていて、いつかあいつがひどく後悔してしまうんじゃないかと不安になるのだ。
 俺みたいに後悔ばかりの終わり方をしてほしくないのだ。

 ここは夢の国。俺たちを知らない人ばかりが集う世界だ。
 日常を忘れて今くらいは自分に正直になってもいいと思うんだよな……

「さ、行きましょうか」
「そだな」

 慎悟と三浦が遠ざかったと判断した俺と酒井嬢はトイレから出て、まだ回ってないアトラクション目指して歩を進めた。
 俺も自分に正直になって、女の子とのデートめっちゃ楽しむことにする!


 その後鉱山列車に乗ったり、回るお馬さんに乗ったり、キャラメルポップコーンを購入したり、乗り物で水浸しになって酒井嬢と笑い合ったり、とても夢のような時間を過ごした。 
 ほんと夢のよう。
 生前は一度も女の子とデートできなかった俺。今は女の体だけど、精神的には男だから、男女でデートしていると思いこむだけは自由だよな?

 はーしあわせ。俺こんなに笑ったのいつぶりだろ……

「……見つけたぞ」

 グワシッと頭を掴まれた俺は、トーンの低い、地を這うような声にビクリと肩を揺らした。

「や、やぁ…慎悟くん……ごきげんよう」
「あまりご機嫌はよくないな……」

 予定では夕方まで見つからない計画だったのだが、それよりも早くに見つかった。
 慎悟のブリザードな視線が俺に降り注いできた。片手で掴まれた後頭部が痛い。俺の頭を掴んだまま、慎悟はどこかに電話をしていた。…三浦と連絡を取り合っているようだ。今俺たちがいる場所を指示していた。
 通話を切った慎悟は一呼吸置くと、「…何のために一緒に来たのかわからなくなるだろ」と小さくつぶやいた。

「…慎悟」
「お前がどうしてもって言うから来たのに、これじゃ一緒に来た意味がないだろ」

 後頭部から手を離した慎悟にむにっと頬肉を摘まれた。グイグイと引っ張って伸ばして離される。地味に痛い。
 俺はじんじん鈍く痛む頬を抑えながら、不機嫌な顔をするイケメンを見上げた。

「……キスくらいは出来た?」
「する訳がないだろ」

 「はぁ!?」と言いそうな引きつった顔で慎悟から否定された。…なんで? 好きなやつとはキッスの一つくらいしたいでしょうが! それが同性であっても、好きになったのなら本能なのだから!

「お前、それでも男か!?」
「…お前まだトチ狂った誤解してるのか……何度も言うけど俺と三浦は友人なだけであって、恋愛対象ではない」
「でも…」
「でももしかしもない。いい加減にしろ」

 ごつ、と軽くげんこつされた。
 頭蓋骨に衝撃が走る。それはげんこつのせいか、それともショックなのか……
 そんな。
 慎悟の拳を頭上に載せたまま俺は口を大きく開けて呆然としていた。
 じゃああのボーイズラブ小説は何なの? 慎悟と三浦がモデルみたいな美しくも儚いボーイズラブは……
 
「えっ!? そんな! お二人の距離は友人以上の距離だと思っていましたのに!」
「…酒井、こいつに変なこと吹き込まないでくれないか。バレー脳のアホなんだ。その他の刺激に感化されやすいんだ」

 慎悟から注意された酒井嬢は肩を落としてがっかりしていた。
 慎悟は俺の頭をぐりぐりしながら、今一度、三浦との関係性を否定した。イタイイタイ。わかった。俺が悪うございました。だからやめて……

 そのあと三浦が合流して、小言を言われた。

 これで終わりなのは何なので、残りの時間アトラクションを楽しんだ。
 俺は慎悟と三浦が並んでいる姿を見つめる。楽しそうに談笑してパレード鑑賞している少年たち。
 絵になる……あのBL小説の表紙みたいに……

「また変なこと考えてるだろ」

 視線に気づいた慎悟が俺をツンドラの瞳で睨みつけて、無防備なおでこにデコピンをかましてきた。

「いたっ! なにすんだよっ!」

 お返しに慎悟の腹めがけてドムス、ドムスとタックルを仕掛けたら、側にいた客のおばちゃんに「仲がいいわねぇ、おそろいの耳つけちゃって」と冷やかされた。
 俺は慎悟を見上げて、続いて三浦を見上げる。恐らく俺と慎悟に向けてかけられた言葉だ。今の俺は女、そして慎悟は男だから、カップルに見られてもおかしくない……そうなのだ……

 俺はなぜこの世に産み落とされたのか。殺されて死んだというのになぜここに存在しているのか。人はどこから生まれ、どこに消えるのか……人間とは何なのかと考えはじめ、最終的に宇宙とは何かと考えついた。

「…おい? どうした? 腹でも痛いのか?」

 慎悟が呼びかけてくる声が遠くに聞こえた。俺は我に返って目をカッ開いた。
 
「メス堕ち絶対ダメ!」
「うぐっ」

 衝動に任せて慎悟の腹にもう一度タックルを仕掛けた。
 それがいい所に決まったのか、慎悟からゴチンとげんこつされた。

 手のひらペシーンからげんこつに進化したよ!
 だんだん扱いが雑になってきてる気がする。


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