森宮莉子は突き進む。 | ナノ
それは幻聴ですか?
12月某日、私は30分前から試験会場前で待機していた。
同じく試験を受けるであろう、集まった学生たちの緊張が伝わってくる。
この試験のために今日の日まで頑張ってきた。昨晩は体調を整えるために早めに寝たので体調も万全だ。周りでゴホゴホ咳をしている人から貰い風邪をして帰るというドジをしないように気をつけねば。
CBT試験はComputer Based Testingの略称であり、コンピューターを使用して実施する試験だ。
受験者はディスプレイに表示された問題をマウスやキーボードを使用して回答する。
全6ブロック各1時間ごとの試験。試験用のコンピューターの前に座った私は自分の頬をバシバシ叩いて気合を入れたのち、試験官の指示に従った。
「では、開始します」
その合図に合わせて、パソコンのマウスをクリックする音が一斉に鳴り響いた。
数か月以上前からこの試験のために対策してきた。
その実力を発揮するために私は、まばたきも忘れて画面を凝視したのである。
◇◆◇
CBT試験を無事に終えた私は若干抜け殻状態だった。
医学部の共用試験は5年次から始まる臨床実習のためのもの。医師としての質を確かめるための基礎的な試験。出せる力はすべて出し切った。その為ガス欠を起こしてしまったようなのだ。
試験が終わったら終わりではなく、私にはまだまだ学ぶ事がたくさんある。
講義に集中しなくてはならないのに、魂が抜けてしまったような気分でいっぱいだった。
「莉子、今日の帰りは寄り道してちょっと出かけないか」
だから講義が終わったことに気づかず、久家くんに声を掛けられてようやくそのことに気づくという我ながら間抜けなことをしてしまった。
ところで今、何と言った?
「……え、なんで? どうしたの?」
「試験もひと段落したし、少し気分転換にな。イルミネーションイベントに行こう。そう長居はしないよ」
まぁ確かに、重要な試験を終えた今は結果表と冬休みの訪れを待つだけなので、余裕はある。
ところでイルミネーションというともうすぐクリスマスだからそれ関係のイベントなのかな。どこで開催のイベントなんだろう。
「……それとも興味ないか?」
私の反応が遅れたせいでなんか不安そうな顔をされたので、私はあわてて首を振る。
興味がないわけじゃない。折角のお誘い、喜んでご一緒させていただきますとも。
「いいよ、行こう! もう出る? 化粧室に行きたいからちょっと待ってほしいんだけど」
一日中ボケーッとしていたので少し身だしなみを整えたいんだ。
これもデートだからね! 少しでも綺麗に見せたいってもんじゃないか!
慌てて荷物をカバンに詰めて、代わりに化粧ポーチを取り出していると、久家くんが講義室の出入口を指さした。
「ロビーの銅像前で待ってるから」
「分かった!」
化粧室でシュパパッと急いで化粧直しと髪型チェックを済ませると、足早に待ち合わせに指定された場所に向かった。
医学部キャンパス敷地内ロビーには医学部教育発展に貢献した人物の大きな銅像があって、そこは学生たちの待ち合わせスポットにもなっている。
一日の講義がすべて終わった時間帯なので、帰る学生がキャンパスを後にする姿が多く見られる中、その銅像周りを囲う縁石に腰かけていた久家くんは誰かと対峙していた。
「久家先輩、やっぱり諦めきれません! 私を選んでください!」
大声での告白に彼らは注目の的となった。
私はそれを前にして地面と靴がくっついたかのように固まっていた。
突然何が始まった。
「私、優柔不断な森宮先輩よりも先輩を大切にする自信があります!」
「莉子と君は違う。君では意味がない」
「あの人のどこがいいんですか!? 久家先輩の心を利用しているだけじゃないですか!」
まさかの名指しである。
私の顔と名前を知っている学生複数名がこちらをチラッと見てくるじゃないか。
やめてやめて、変なことで目立ってしまう。
「一度はっきり断ったはずだ」
「だって好きなんです! 私は久家先輩の彼女になりたいんです!」
熱い告白を前に、野次を飛ばす学生がいる中、久家くんは若干煩わしそうな表情を浮かべていた。
あ、やっぱり一度振ったんだ。だからしばらくは辺りが静かだった。
だけど彼女はあきらめが悪かったんだ。
「……盗み聞きするなんて趣味が悪いんじゃないですか」
私の存在に気づいた小畑さんが私に嫌味を飛ばした。
いや、こんなところで堂々と告白されたら絶対に誰かに見られると思うんだけど。
そもそも久家くんは私を待っていたんだよ。そこに割って入ってきたのはあなただからね。
「いいですよね、森宮先輩は久家先輩とどうこうなるつもりないんですもんね」
彼女の言い方に私はイラッとした。
言質を取るつもりか。久家くんの前で。
久家くんの気持ちを無視するような発言をまたして!
私がいいとかダメとかそういう問題じゃないでしょうが!
「あんたっ…」
「何度も言うけど君の気持ちには応えられない。そういう対象で見れないから」
私は腹を立てて声を上げようとしたが、それを言わせまいと久家くんが先にとどめを刺してしまった。
縁石から腰を浮かせた久家くんはずんずんと近づいてきた。私は思わず逃げ腰になってしまったがそれに構わず手を引っ張ってくる。
「行こう、納得するまで付き合っていたらイベントが終わってしまう」
「久家先輩!」
対話拒否を選んだ久家くんは呼び止めようとする小畑さんを放置して、私を連れてロビーを後にした。
その間、私は一言も発する暇もなかった。
「冬休みはスキー合宿のはずだったんだが、行く予定だったスキー場の雪不足で、温泉のみになりそうなんだ」
「そうなんだ…また眼鏡壊さないようにね」
「今度はコンタクトする」
運転している間、久家くんはさっきのことを話題に出すことはなかった。
「莉子も行けたらいいのにな」
「付き合いが悪くてすまんね」
良かった、いつも通り話せる。
さっきの小畑さんの突撃でちょっと動揺していたのでちゃんと話せるか不安だったけど、大丈夫そうだ。
車で30分くらい走ったその先は、市が運営する自然公園だった。
夜なのに駐車場はほぼ満車。私たち同様イルミネーションイベントを見に来た人たちの車であろう。
まだ外灯だけしか灯されてないけど、時刻になったら一斉に公園内がライトアップするらしい。
「時間に間に合ったみたいだな」
久家くんの声がホッとしていた。
公園敷地は広く、人でぎゅうぎゅうになることはなかった。
私と久家くんは空いていたベンチにふたり並んで腰かけ、その時間を待った。
パッと一瞬外灯が消え、辺り一面が真っ暗になる。
「!?」
ライトアップするとは聞いていたけど、ライトダウンするとは聞いていない。
私が隣でビビっているのが伝わったのか、久家くんが私の手を掴み「大丈夫」と言い聞かせてきた。
『カウントダウン行きますよー!』
年越しさながらカウントダウン方式らしい。どこからかスピーカーでカウントダウンを上げる声が聞こえてきた。周りの観覧客も一緒になって声を上げている。
私は彼に手を握られたまま、暗闇をじっと見つめているだけだった。
パァッと一気に園内ライトアップした瞬間は眩しすぎてぎゅっと目を閉じてしまった。
「わぁ綺麗…」
光に目が慣れてから改めてライトアップした園内を観察したが、見事なものだ。
普段は街がイルミネーションに彩られても意識しないが、今この瞬間の光の渦はとても美しく見えた。
「莉子」
しばしイルミネーションに見惚れていた私を久家くんが呼んだ。
「ん?」と軽く返事しながら隣に座る久家くんに視線をやると、彼は真剣なまなざしでこちらを見つめていた。
その視線の強さに私の胸の鼓動が高鳴る。
握られたままの手はそのままで、気のせいか彼の手のひらが汗ばんでいるように感じた。
もしかしたら私の手汗かもしれないけど。
「──俺は莉子のことが好きだ」
言われた一言はまるで外国語の様に聞こえた。
私は「んっ?」と疑問形で聞き返す。
ごめん。今幻聴が聞こえたみたい。私の願望から来るものかもしれないからもう一度いい?
今、何とおっしゃった?
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