森宮莉子は突き進む。 | ナノ
恋と文化祭の乗算効果
12月に行われる試験まで4週間を切った。
大学祭以降、周りが静かになり勉強だけに集中できるようになったのが嬉しい。何がとは言わないけど。それは久家くんも同様らしい。
図書館で勉強していると視線を感じるけど、それは微々たるもの。
以前と比較したら大分快適である。
試験を控えた学生たちはピリピリしており、それに感化された私も一緒にピリついていた。
そんな私を見た妹が心配そうに、高校の文化祭に遊びに来ないかと誘ってきた。
『お姉ちゃん、睡眠時間を削って勉強しているから顔色悪いし、コーヒーを飲む量が増えているし、四六時中イライラしてる。大変なのはわかるけどそれじゃ倒れちゃうよ』
妹の指摘にハッとした。確かに美玖の言う通りだ。
これじゃ試験当日にダウンしてしまって失敗してしまう可能性だってある。
時には息抜きも必要だから、高校の文化祭でリフレッシュしたほうがいいと優待チケットを数枚手渡された私はその思いやりにじーんときた。
自身も大学受験を控えているというのに姉の心配をしてくれるとはなんて出来た妹なんだ。
「姉の心配してくれる心優しいうちの妹かわいかろ?」
カフェテリアでの学習中の息抜きがてら、前に座る久家くんに妹自慢をすると、彼は微笑ましそうに笑っていた。
整った彼の顔には痣が残っていた。痛々しく見えるが、今では全く痛みを感じないのだという。
大学祭で酔客から殴られた痕は回復に向かい、今では緑色に変わっている。後日病院で診てもらったそうだが、見た目ほど大きな異常はないと診断されたそうだ。
ちなみに酔客の暴力行為には法的措置をさり気なく取ったようである。お酒を飲んだからって罪は軽くはならない。素面に戻ったあの男はさぞかし青ざめたことであろう。
「美玖の高校最後の文化祭、久家くんも行く? 息抜きになるよ」
私はドキドキしながら彼を誘った。
試験を控えているのは久家くんもなので、勉強を理由に断られるかもと思ったけど、ダメもとだ。
「うちの母校、公立だからチープな出し物に見えるかもしれないけど…普通科の子たちのほうが出し物に力入れてるんだ」
「……縁もゆかりもない人間が入っていいのか?」
「卒業生の私が連れていくから大丈夫。ひとりで回るより誰かがいたほうが楽しいし……来ない?」
彼の表情を伺うように覗き込むと、久家くんは少し考えたのち、頷いた。
「滞在はせいぜい数時間だし、適度な息抜きは必要だもんな」
了承の返事をいただいた私はテーブルの下でこぶしを握った。
よし!
それにしても文化祭回るとかなんかデートみたいじゃない?
「じゃあ決まりね」
そんなわけで母校の文化祭2日目にあたる土曜日に、久家くんを母校へと連れてきた。
古ぼけた公立校を前に久家くんは物珍しそうに観察しているようだった。
久家くんの母校に比べたらたいしたことないように見えるだろうが、県内でも五本指に入る進学校なんだようちの母校。
私立高出身の人がどう思っているかまではわからないけど。
「久家くんこっち」
受付で外部入場者リストにサインをして、入場許可証をもらうとまず私はとある教室を訪れた。
甘い香りが充満する教室内。手作り感満載のお店ではエプロンと三角巾をつけた調理担当の生徒が汗をかきながら一生懸命に何かを揚げている。油のはじける音が耳に心地よい。
「あ、莉子さんいらっしゃいませ」
私は懐かしい教室に足を踏み入れて、ピタッと立ち止まった。
なぜならそこに目出し帽を被った不審者スタイルの男子生徒がいたからだ。
目しか出ていないが、アーモンド形の綺麗なその瞳は知っている。すぐに誰かわかった。
「……夏生くん、いつから君は過激派組織に加入したの」
彼は妹の彼氏くんである。
なんでそんな格好で接客しているんだろうかこの子は。
思わぬお出迎えをされた私は困惑を隠しきれなかった。
その目出し帽自前なの? どこで購入したの?
「女避けです。顔さえ隠せば、誰も寄ってきませんから」
彼の口から飛び出てきた理由に私は逆に悲しくなってしまった。
「普通の人も離れていくけど、それでいいのかい」
「苦肉の策ですが、構いません」
来店したお客さんは彼を見ては怖がって遠巻きにしている。
夏生くんはそれで構わないとばかりに、モクモクと調理している。油が飛んできても防御されるからそこはいいのかな……目は守ってくれないけど。
「これは……チュロスか」
「フレーバーも選べますよ」
揚げ物バットで油きりされている長い棒を見て久家くんが呟くと、夏生くんがフレーバー表のある場所を指さして教えてくれた。
プレーンか、フレーバー付きか。悩むところだが……
「シナモンにする! 大学祭の時折っちゃって食べられなかったから食べたかったんだー」
「それは勿体ないことしましたね」
「あれは莉子の自業自得だから、同情する必要はない」
大学祭での一幕を思い出しながら、食べられなかったことを何となく夏生くんに話したら、久家くんが辛辣なことを言った。
ひどくない? もう終わったことなのに久家くん引っ張りすぎじゃない?
夏生くんは詳細までは興味がないのか、「そうなんすね」と流すにとどまった。
「お姉さん!」
「お久しぶりです、すぐにお席をご用意しますね!」
私の来店に気づいた美玖のお友達が即席で席を用意してくれたのでそこに座って食べさせて貰うことにした。
イートインスペースないのになんか特別扱いを受けているみたいで悪いねぇ。
「先に美玖ちゃんのクラスに行かなくていいのか?」
出来立てのロングチュロスを頬張っていると、久家くんが思い出したように問いかけてきた。
私は口の中のものを咀嚼して飲み込んだのち、こくりと頷いた。
「何故、私が先にここへ連れてきたかというとね、ここは私が高3の時使っていた教室だからだよ」
3−Aの教室にまず入りたかったのだ。
妹が卒業したら来年以降は母校に立ち寄る機会もそうそうないだろうし。
時代を感じる校舎、懐かしい机と椅子。だけど私の記憶の中の高校とは少し雰囲気が異なる。
夏は冷房をつけてくれるけど、冬はその限りじゃなかった。制服の下に厚着して、寒さでかじかむ手で必死にシャーペンを握っていたあの頃。
高校生の頃の私はこの特進科クラスでひたすら勉強していた。医大に入学して、医者になることだけを目標にしていた私はそのほかに興味を持っていなかった。
まさか大学に入って好きな男性ができるなんてあの頃の私は想像すらしていなかったはずだ。
「あの頃と比べると私もだいぶ変わったなぁ。あ、年齢的な意味じゃなくてね」
「そうか? 莉子は変わらなそうだけど」
久家くんはそう言うが、高校時代の私を知らないからそんなことを言えるのだ。
「だってこうして友達誘って母校の文化祭に行くなんてありえなかったもん。去年も一昨年も妹に誘われるがままひとりで参加して、妹がいないときは自由気ままにひとりで回っていた。高校時代の同級生とは連絡すらとってないし」
私は本当に変わった。
心や感情という意味でも大きく変化したと思う。
大学には大勢の人がいて、色んな価値観がある。異なる価値観を飲み込んで理解するのは苦労するから、完全には分かり合えないだろうけど、それで学ぶことはできる。
人ってのは関わってみないとわかんない部分もあるんだよね。
実のところ、久家くんや琴乃と仲良くなったけど、結局は価値観や経済格差を理由にそのうち疎遠になるだろうなって思っていたもの。
仲良くしつつも、結局は違う世界に生きる人間だってどこかで距離を作っていたのかもしれない。
だけど彼らはそんなこと考えてもいないのか、打算や下心なく学友として接してくれた。
私はそれに感謝しているんだ。
彼らの存在に守られてここまで来られた面も大きい。
私ひとりじゃ耐えられたかも怪しいもの。
だから、今は仲間って大事だなって思えるんだ。
「1年の時のあの騒動は今でも苦い思い出だけど、あれがあったから久家くんと仲良くなれたし」
「入学式の時のことはその……」
「久家くん、まだそのこと引きずってるの? その話は出してないのに」
私がされたことなのに、なんで久家くんがトラウマになってるの。
確かに私たちはマイナススタートだったよ。
だけど今は違うじゃない。
私は持っていた食べかけのロングチュロスを紙ナプキンで包んで真ん中で折って、横一直線に並べて見せた後に十字にした。
「逆に考えてよ、マイナスとマイナスを掛けたらプラスになるでしょ。つまりそういうことなんだよ」
マイナスな出会いが、マイナスな出来事をきっかけに仲良くなれたからプラスになったんだ。
それはもはや掛け算による効果だとは思わないか?
「どういうことだ……」
しかし久家くんにはご理解いただけなかったようだ。
私はもぐもぐと残りのチュロスを頬張って飲み込むと、口の周りを紙ナプキンでささっと拭った。
「よし、次に行こう。時間には限りがあるんだから」
私は席を立ちあがると、次に行こうと促した。
高校生で賑わう校舎内を歩いていると、なんだか私も高校生に戻ったみたいだ。
文化祭マジックでカップルらしき男女の姿も多くみられる。手を繋いで仲睦まじいその姿を見ると羨ましくなった。
私はちらりと横に並んで歩く久家くんを盗み見した。彼は3ーB教室内の出し物を廊下側の窓越しに眺めていた。
ちょっと勇気を出して、久家くんの手を握って引っ張ってみる。
振り解かれたらどうしようかと思ったけど、久家くんは手を握り返してくれた。
久家くんと目が合う。私は照れくさくてはにかむ。
彼は笑い返してくれた。
そんな些細なことが嬉しくて、私の顔は緩みっぱなしだった。
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