三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】 | ナノ



清く正しく美しく! 三森あげはを夜露死苦!
初めての女と想われている女


 ショウウィンドウに自分の姿が映る。
 私はセットしてきた髪の毛が乱れていないか、慣れない化粧はおかしくないかを確認していた。
 今日はライトブルーのストライプチュニックブラウスにキュロットスカート、足元はスニーカーだ。手持ちの服の中で子供っぽくないものを選んだが、変じゃないだろうか。

「大丈夫だよ、あげはちゃんはかわいい」
「!? いつ来たんですか!?」
「ついさっきだよ。かわいいからちょっと見てた」

 待ち人に恥ずかしい姿を観察されていたと知った私は恥ずかしくなった。観察してないですぐに声かけてほしい。恥ずかしいじゃないか。
 彼は私の頭の先から爪先までまじまじと観察すると、思わず見惚れてしまう笑顔を浮かべた。

「うん、可愛いね」
「…何言ってるんですか」

 私はそれに可愛げのない態度を取ってしまう。
 褒められたんだから、ありがとうって可愛くお礼を言えばいいのに…全然かわいくない。
 だけどそんな私にも嗣臣さんはニッコリ笑うだけだ。

「行こっか」

 自然な動作で手を差し出してきたので、私はおずおずと手を伸ばした。大きな手に包まれ、私の胸はむず痒くなった。
 彼はどんな場所でも目立つ。一緒に歩いてると、私まで注目を受けるんだ。沢山の視線が集まっているのに、嗣臣さんは私しか見ていない。建物に入る時はドアを押さえていてくれるし、車道側を歩くようにしている。今までも当然のようにされてきたことなのに、私は今になってドキドキしていた。
 いつもと同じ甘い声で話しかけてくる彼との受け答えも緊張で声が上擦ってしまうんだ。なのに嗣臣さんは落ち着いて見える。私ばかり緊張してバカみたいだ。


 嗣臣さんにお出かけのお誘いを受けた時はどこに行こうと目的地があったわけじゃない。行きたい場所はある? と聞かれても思い浮かばなかった。
 そんなわけで私達は手をつないでブラブラしていた。
 時折洋服屋さんに目をくれるとそこへ一緒に立ち寄ってくれて「これが似合う」と私の体に当ててみせたりする。ものすごくカップルのデートっぽいな……近寄ってきた店員さんは「すごーい美男美女カップルぅー」とおだてて洋服を買わせようとするのだ。
 持ち合わせがないのでとお断りしてそそくさとお店を出ると、嗣臣さんが言った。

「この間バイト代が入ったからあのワンピースくらいなら買ってあげるよ?」
「いえ、そこまでして貰う必要はないので」

 私が固辞すると、彼はそっか、と残念そうに笑っていた。…私の言い方がまた可愛げがなかったかなと急に不安になってしまった。

「あのワンピース絶対に似合うけど、足が出ちゃうのは俺も妬けちゃうから……見たいけど見せたくない…悩ましいところだね」
 
 私の足を見ながらうんうんと唸っている。
 確かに私があのワンピースを着用したら膝上ワンピースになるけど、ツッコミどころそこなの?

「……あんた何言ってるんですか」
「あげはちゃんは足がものすごくきれいなんだよ。すれ違う男が凝視していて、俺は気が気じゃないんだ」

 真顔でそんなことを言われたので、私まで真顔になってしまった。
 気にして損した。
 

■□■

 お昼はちょっとおしゃれなイタリアンのお店に入って、食事を済ませた。パスタだけじゃ足りないかもと思っていたけど、サイドメニューも頼んだのでお腹いっぱいになった。

「ちょっとトイレ行ってくるね」
「わかりました」

 食後のお茶を飲んでいると、嗣臣さんが一旦席を立つ。私は自分のかばんから鏡を取り出して顔を確認した。
 よし、トマトソースはついてないと…

「あら、あなた…」
「え…?」
 
 背後から声を掛けられて振り返ると、そこには20代前半くらいの女性がいた。その人は以前一度会ったことがある。嗣臣さんと過去ただならぬ関係だった相手…元カノさんである。
 彼女は私と空いた席を見て目を細めていた。

「そこに座っていた男の子が嗣臣に似てるなぁと思っていたけど…本人だったのね。元気にしていた?」
「…はぁ、まぁ」

 それはどっちのことを聞いているんだろう。そう疑問に思いつつも私は曖昧な返事を返した。
 この人の存在を思い出すと私は微妙な気分になる。過去のことだ。今は赤の他人。嗣臣さんは私を想ってくれているとわかっているんだけど、嫌なのだ。
 私が色々考えているのと同時に彼女も気になることがあったらしい。

「あなた、まだやらせてないの?」
「!?」

 まさかの問いかけに私はぎょっとしてしまった。
 や、やらっやらせっ…何を言っているんだこの人!

「そもそも、付き合ってませんもん!!」
「へぇ…見た目と違っておこちゃまなのね、今どき清純とか流行らないわよ」

 彼女は嘲るように見下ろしてきた。…なんかバカにされた。別に清純ぶっているわけじゃないですけど…。
 前にも思ったけど、この人慎みがなさすぎない? 見た目は清純そうなのに…中身が…

「嗣臣と私が何してたか知りたくない? ……初めての女なのよ私」

 その言葉にグサーッと心につららが刺さった。
 わかっていたけど、直球で投げつけられるとダメージを負うといいますか……
 なんでそれを私に聞かせるの…? 今は無関係でしょ…
 私は返す言葉もなく、彼女を呆然と見上げていた。

「…あげはちゃん…?」

 そこに戻ってきた嗣臣さんが不思議そうに声を掛けてきた。私が呆けた顔をしていたからであろう。

「嗣臣! ひさしぶりね」

 背中を向けていて気づかなかったみたいだが、振り返ったのが元カノだとわかった彼はスッとマネキンみたいな顔をしていた。

「…あげはちゃんに余計なこと話してないよね?」
「余計なことって?」

 最初から疑ってかかった嗣臣さんの問いに更に質問する元カノさんはからかうように笑っていた。

「…嗣臣さんの初体験の話ですよ」

 私が教えてあげると、彼の顔がぴしりと固まっていた。
 真っ昼間からお店の中で赤裸々話題は御免こうむる。誰が好き好んで想い人の性体験なんか聞きたがると思ってるんだ。
 私は席を立って荷物を持った。
 
「あげはちゃん」
「私はそんなの聞きたくありません」

 嗣臣さんの顔が見たくなくて、目をそらす。
 
「…あげはちゃんが……ヤキモチ妬いてる…!」

 私は不快に思っているのだ。もうそんな話聞きたくないと意思表示をしたのだ。
 ──なのに、目の前の男は喜びに震えていた。
 私が嗣臣さんをにらみつけると、彼はニヤニヤしていた。ムカついたので、腕をベシっと叩いておく。

「ごめんね、言い訳になるけどあの頃はあげはちゃんのことは妹みたいに思っていたから…」
「私にはなんにも関係ありませんから。何も気にしてません」

 そんな過去のことに嫉妬とか…バカにしないで欲しい。今更嗣臣さんがぴゅあぴゅあボーイとか思ってないから!

「あげはちゃんほらそんなふくれないで。そんな顔しても可愛いだけだよ?」

 私がそっぽ向いているのがいじけているように見えた嗣臣さんは砂糖みたいな甘い声で私の名を呼ぶ。

「帰りに花丸プリン買いに行こうか?」
「今日土曜ですよ! 花丸プリンは人気商品なんです! とっくに売り切れているに決まってます!」

 私のご機嫌を直そうと提案してくるが、なぜそんな子どものご機嫌伺いみたいな手を使おうとするのか!
 頭を撫でようと伸ばされた手を叩き落としておく。私を子ども扱いしない!

「ね、ねぇ嗣臣」

 こんな糖蜜だらけの嗣臣さんを見たことがないと言わんばかりの表情を浮かべた元カノさんの顔は少々ひきつっていた。
 いつから嗣臣さんがクールな隠れ不良だと錯覚していた。普段からこの人こんなんだぞ。私が髪をピンクに染めてこいと命令したら平然と染めてきそうな男だぞ。

「…あぁ、まだいたんだ」

 嗣臣さんは元カノさんの存在に今思い出した風の反応をしていた。
 ニコリと作り笑顔を浮かべた彼は私の腰を抱き寄せて、元カノさんにこう言った。

「あげはちゃんが可愛いヤキモチ焼いてくれたよ。ありがとう」

 それには元カノさんは口を開けてポカーンとしていた。嗣臣さんはそのまま私をお店の出入り口に誘導した。
 お会計は? と思ったけど、それはさっき済ませたそうである。

 その後、嗣臣さんはずっとニコニコしていた。
 私のくだらない嫉妬になに喜んでんだろう……普通は鬱陶しいと思うだろうに…と呆れたけど、嗣臣さんの幸福度は他人とは少しずれてるんだったなと思い直した。

 私はまだもやもやむかむかするけど、元カノは過去のことだ。
 
「今日もあげはちゃんが可愛いから幸せ」

 まーた顔をデレデレにさせて……

「嗣臣さんそればっかりですね」
「本当のことだから」

 それにこんな風にデレデレしている嗣臣さんを見ていると、嫉妬しているのが馬鹿らしくなってくるから気にしないことにした。


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