紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない
手作りプリンと火傷
彼の目の前には、すが立ったいびつなプリンが鎮座していた。
本来であれば、舌触りなめらかであるはずのプリンはボコボコしていて、お世辞にも美味しそうには見えない。
だけど3回位作り直してようやく形になった渾身のプリンなのだ。
そのプリンを彼は物珍しそうにまじまじ見つめていた。スマホを取り出して撮影しようとしていたので、それは阻止する。
「…ご卒業と本命大学合格おめでとうございます、嗣臣さん」
「ありがとう、あげはちゃん」
あっさり本命の国立大学に合格した嗣臣さんから合格報告を受けたので、私は前もって準備したプリンを出したのだが、そんなふうにまじまじ見られるとすごい恐縮する。
「はい、あーん」
「む」
嗣臣さんがスプーンを手にとったので、プリンを食べるのかなと思ったのだが、何を思ったか私の口に突っ込んできた。
私は仕方なくムグムグと口を動かす。
…舌触り最悪だ。硬いな何だこれ…
「うん、素朴な味がする」
「…褒めてないですよね?」
ひとくち食べた嗣臣さんの感想はごもっともである。自分でも美味しくないなと思っているので、否定はできないが。
そんなに美味しくない、素材の味のプリン(仮)だが、嗣臣さんは残さず全て平らげた。美味なものを食べたかのように表情を和らげていた。
彼がお腹を壊さなければいいのだが……
「…それ、火傷したの? 不器用だねあげはちゃん」
「うるさいですよ」
テーブルの上に載せていた私の手を見た嗣臣さんから少し赤くなっている部分を指摘された。
プリン液の入った容器の入った鍋にお湯を注ぐ時にちょっとじゅっとやっただけだよ。目敏いな全く。
患部を隠すように手を重ねて隠すと、それを止めるかのように嗣臣さんに持ち上げられた。
「俺のためにプリン作ってくれてありがとうね」
「…っ」
サスサスと指の腹で患部を撫で擦る嗣臣さんの指。軽い火傷の痕がピリッとしびれる。
なんか落ち着かない。
以前から嗣臣さんはスキンシップ過多だったけど、なんか落ち着かない……
「火傷用の軟膏とか塗った? 綺麗な手なんだから傷跡残しちゃダメだよ」
「この程度なら塗らなくても大丈夫ですよ」
皮膚がただれているわけじゃないのに大げさな……
私がそういうと、何を思ったのか彼は私の手をくいっと軽く引っ張ってきた。
チュッと音を立てて口づけされた手。
「じゃあこれ消毒ね」
「…やることが気障ですよ、嗣臣さん」
「えぇ? そうかなぁ」
たまにやることが気障ったらしくなるよね嗣臣さん。外見が整っているから絵になるけど……
「ねぇあげはちゃん、俺もっと別のお祝いが欲しいんだけどな」
あぁ、またあの目だ。
この目をした嗣臣さんはいつもと違う雰囲気を醸し出す。
私はそれが怖い。
全部奪われてしまいそうで、自分が変わってしまいそうで怖くなるんだ。
「ダメですよ。セクハラ反対!」
私は彼の手を振りほどくと、空になった器を持って立ち上がった。
「あげはちゃん」
名を呼ばれて振り返ると、頬杖をついた嗣臣さんが目を細めて笑っていた。その目はまるでいたずら小僧のようである。
「好きだよ、あげはちゃん」
「!? なっ何言ってるんですか!? そんな事言ってもダメです! はしたない!!」
急激に全身発熱した私は慌てて部屋の外に飛び出した。
部屋の中で忍び笑いをしている気配がしたが、それをツッコむ余裕もなく。
なんか、最近からかわれている気がするんだけど。
……こんなんじゃ、私が手のひらで転がされているみたいではないか……