三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】 | ナノ



紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない
復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮である。【2】


 私は自転車をかっ飛ばしていた。不良共が定期的に点検してくれるおかげで快調に走行する。
 あの手紙は兄に向けた脅迫状だが、なんだかすごく胸騒ぎがするんだ…!

 飛ばして到着したのは古びた路地裏。少し前までは飲み屋として栄えていたBARだけど、時代の移り変わりで鄙びてしまったここ。私は何度かここに来たことがある。
 自転車を隅っこに停めると、私は迷わずにそのBARの裏口の扉を開けた。ギギィと手入れされていない扉がきしんだ音を立てて開かれる。相変わらず鍵が壊れたままだ。入れてよかった。
 裏口につながるのは倉庫だ、在庫を置けるような最低限のスペース。その奥に店につながる扉があるのだ。恐らく店内に脅迫手紙の相手がいるはずだ。
 廃屋も同然の店だ。掃除もろくにされていないので埃っぽいのは勿論のこと、蜘蛛の巣がはっている。顔に張り付かないようにそれを手で払いながら、店につながる扉に手をかけた。

「いやぁぁあ! 琥虎っ琥虎ァァーッ!」

 扉を開けてすぐに目に飛び込んだのは、2人の女性が服を剥ぎ取られ、複数の男に犯される一歩手前の光景だった。

 ──まるで悪夢を見てしまったかのようだ。
 一気に私の中で怒りが頂点に達した。

「こんのクズがぁあ!!」

 私が大声で吠えると、視線がこちらに集中した。涙を流して抵抗している女ふたりの内、1人がハッとした顔でこちらを見てきた。あれ、この人この間の……
 いや、考えるのは後だ。まずはこの状況を打破せねば。

「毒蠍ぃ! あの不埒者共を引き剥がせ!!」
「かしこまりました!」
「おう、野郎ども! 姐御の命令だぞ! やっちまえ!!」

 この際である。着いてきた毒蠍メンバーに掃討してもらおう。ゴミ袋とトングを持ってきてるやつもいるけど、まぁいい。使えるものは何だって使おう。
 店内にワチャワチャ入ってきた毒蠍数名が今にも乱暴を受けそうな女の子たちから男どもを引き離した。やってること正義の味方みたいだけど、コイツらは不良である。

「毒尾を折られたザリガニが何の用だぁ!」
「んだとてめぇ!! もっぺん言ってみろやぁ!」
「グファア!」

 禁句を口にした男が毒蠍リーダー赤モヒカンにヤクザキックを仕掛けられていた。イキッてただけあって顔知られてるんだな、お前ら。
 私の舎弟希望している彼らだが、私の兄・琥虎のことは今でも恨んでいる。そのため、ザリガニ扱いされるのは耐えられないようである。
 鬼の形相の赤モヒカンの顔はどう見ても正義のヒーローではない。うん、安定の不良だな。

 彼女らを壁際一箇所にまとめると、私はその前に立ちはだかって庇う体勢を見せた。
 洋服で前を隠してぐじゅぐじゅ泣いている彼女らだが、最悪の結末までには至らなかったようだ。ちょっと安心した。あと一歩遅かったらまずかっただろうけど。
 嫌な予感に従って動いてよかったー。気のせいで済ませてたら、目覚め悪いことになっていたわ。

 乱暴を働こうとしていた狼藉者共は邪魔が入ったことに不満そうな顔をしていた。だが、その顔は余裕そうである。

「おいおい、この女は惚れた男が自分のものにならないから、そっちの乳が大きい姉ちゃんをボロボロに犯してくれって頼んできたんだぞ?」
「そうそう、庇う価値はない。それに俺らはボランティアで抱いてやってるんだよ。男に相手にされない哀れな女をな」

 ……うん…つまり結局は兄の女の遊び方が下手すぎて、嫉妬に狂った遊び相手が刺客を放ったってことね。私はげんなりしてしまった。今更だから驚かないけどさぁ……あーあ、って呆れちゃうよね。
 私は振り返り、被害者でもあり加害者でもある女性に目を向けた。
 彼女は身を縮こめて震えていた。見た目は派手そうなギャル……兄の好みぴったりである。
 やってることは許されないけど、凶行に走ったのは兄のせいだもんな。

「……なんかうちの兄がすみません」
「…え?」

 私の謝罪にその人は泣くのを一瞬止めて、ぽかんとした顔をしていた。

「私、琥虎の妹の三森あげはです。うちの兄が下半身節操なしで大変ご迷惑おかけしました。だけどこうしてならず者使って強姦させるのはいかがなものかと思います…」

 ダメなことはダメなんだよ。
 自分がされそうになって怖かったでしょ? それにそんなことしたらなんていうか、人として最低なところまで堕ちてしまうからね?
 彼女は服を抑えて呆然と私を見上げていた。乱暴されて強く抑えつけられた痕が彼女の肌に痣となって残っていてとても痛々しい。それもこれもあの馬鹿兄貴のせい……顔合わせたらとりあえず半殺しにしとこ。

「興ざめじゃね? 久々に楽しめると思ったのに。何だよコイツら」

 男共の声に、彼女たちがビクリと震えた。先程の恐怖が蘇ったのだろうか。
 私は後ろを振り返り、奴らを睨みつけた。余裕なのか、奴らは笑みを浮かべていた。

「なに、毒蠍は弱い」
「のした後にでも楽しもうぜ。この女、メチャクチャ上物だしな。」

 男たちの視線がねっとりと私の体に絡みついてくる。……なんか私まで手をかけられそうになっているらしい。
 女と見たら節操がないようである。

「いやいや、させねぇよ!?」

 お断りだ!
 私は中心にいた男の懐に入って腹パンをすると、そのまま勢いづけて背負い投げをかましておいた。どしゃりと男を地面に放り投げた。

「自分の身内の後始末の仕方が下手っぴだから起きたこと……これは暴力じゃない暴力じゃない……人助けだ!!」

 私は自分にマインドコントロールをかけると、地面を力強く蹴りつけた。その勢いを利用して回し蹴りをかますと、相手が吹っ飛んでカウンター席の向こうに…消えた。

「なっ…」
「所詮女だ! 殴ったらおとなしくなる!」

 そこで怯む奴と、まだ強気でいられる奴が声を上げるが私はそれに構わず、拳を振るう。
 腹に力いっぱい拳を叩き込んでダメージを与え、その後頭部を鷲掴みすると思いっきり壁にキスさせてやる。相手は「ぶひゃぁ」と間抜けな声を漏らして地面に倒れる。
 
「うぉぉお!」

 私に向かって特攻しようとしてきた男からひらりと避けた。その足を引っ掛けて転倒させると、思いっきり背中を踏みつけにする。動きに隙がありすぎる!

「うぐぁぁ!」
「そんなんで私に勝てるとでも思ってんのかテメェら!! ナメてんじゃねーぞ!」

 どいつもこいつもイキがっている割に弱いんだよ!
 なぁ、喧嘩すると痛いだろ? 私も拳が痛いよ! 本当ならこんなことしたくないの! だけどこれは教育的指導、人助けだから仕方なくやってるの!

「さすがあげはさん! やっぱつえぇや!」
「蝶のように軽やかに舞い、毒で制す…流石あげはさんだ…!!」

 憧れの眼差しで見つめてくる毒蠍たちの視線……悪くない……
 いやちょっと待て自分。私まで不良世界に溶け込むんじゃない。私は淑女になるの。
 そう、私はか弱い乙女なのだから……!

「……三森琥虎の手下にでもなったのか…毒蠍! あいつの妹だから付き従ってんのか! 天下の毒蠍が形無しだな!!」

 負け惜しみのように叫ぶ男は鼻からトマトジュースを流している。アレは血じゃないよ、トマトジュース。
 それを聞いた赤モヒカンは鼻で笑っていた。

「バーカ! お前どこに目ェ付けてんだ。俺が従うのはあげはさんだ! 紅蓮のアゲハ知らねぇとはお前モグリだな?」
「その二つ名を呼ぶなぁ! それうちのお母さんのだから!!」

 また変な風に噂が広がるでしょ! また停学騒ぎになったらどうしてくれるんだよ!! 困るんだよ、私はその辺にいる普通のいたいけな女子高生なのに不良みたいな扱いされると!

「紅蓮のアゲハ!?」

 なのに戦慄する狼藉者共。
 不良のくせに何を怖がってんだよ。私はか弱いレディぞ? なんでそんな熊に出会ったみたいな顔をするんだ。泣くぞ。

「あげはさんを怒らせたからには明日から大手振って表歩けないと思えよ!」
「やめろぉぉ!!」

 ドヤ顔で毒蠍が自分のことのように誇らしげにしているが、私にはそんな権限ない。
 私が裏会のドンみたいな扱いするのは止めてくれないか!!


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