三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】 | ナノ



紅蓮のアゲハの娘は恋を知らない
そんな顔するあなたを私は知らない【1】



「浪人してあげはちゃんと同じ時期に大学生になろうかな」

 11月に入ったばかりのある日、突然嗣臣さんがわけのわからないことを言い出した。
 受験生真っ盛りの嗣臣さんは大学入試を目前に控えている。…はずなのだが、相変わらずうちに晩ご飯を食べに来てはくつろいでいる。勉強しなくてもいいのかと聞くと普段から頑張ってるから大丈夫と帰ってくるのみ。
 ……本当に大丈夫なのだろうか……心配だ。

 嗣臣さんの進路は大学進学で、親の希望で第一希望が東京の大学。第二希望が地元の大学だ。本人としては地元の大学に通いたいとかウンタラカンタラ言っている。
 本人はあんまり語りたがらないけど、親とは不仲のようである。

「わざと浪人になるのはダサいです」
「ダサいかぁ、ならそう思われないように頑張らなきゃね」

 私と彼は2歳差だ。私に合わせて2年連続わざと浪人しても仕方ないでしょう。
 和小物作成中と格闘中である私の部屋にやってきたはいいが……本当に勉強しなくていいのか嗣臣さんは。夕飯食べた後もダラダラ過ごして…これが受験生なのか。

「勉強は?」
「息抜きだからいいの」

 私の小言を一言でいなした嗣臣さんが私の血だらけの指を掴んで、絆創膏を貼った。

「指ぬきつかったら?」

 そう言って裁縫箱に入っていた指ぬきをセットされた。これいまいち使い道がわからないんだよね…使っても指に針が刺さる。
 だけど作らねば。今月末に行われる学園祭で出品しないといけない。……何故1人5点用意しないといけないんだ。血塗れのものを誰が買ってくれるというのか……

「あげはちゃんの学校の学園祭遊びに行くね。クラスではなにするの?」
「アクセサリーや小物の販売します」

 来てくれるのは構わないが、受験生なのにいいのだろうか。この時期って追い込みの時期なのでは。彼の将来が心配である。学園祭に来るよりも大学入試のほうが大事だと思うのだが……
 私は大学に関心を向けさせようと質問をすることにした。

「嗣臣さん、大学に入ったら何するんですか?」
「なんで?」
「嗣臣さんて勉強か非行しかしてないじゃないですか」
「ひどいなぁ、そんなことないよ?」

 今もほら、あげはちゃんと楽しくおしゃべりしてるじゃない。と言われるが、そういうことではなくてだな……

「サークルとかはまだ考えてないけど、車の免許取ったら助手席にあげはちゃんを乗せたいな」

 私に向かってにっこりと笑う嗣臣さんはキラキラの無駄遣いをしていた。女の子にモテて困っていると言っている割には、自分の魅力を余すことなく発揮してくるこの色男。もしや無自覚なのか? 相手が私だから大丈夫だけど、これが免疫ない女の子だと勘違いして気があると思われちゃうよ。

「……彼女乗せたほうがいいですよ?」

 車の助手席って……妹ばかり可愛がっていると、シスコンってことで引かれちゃうぞ。この場合友達の妹だけど。
 免許取ったら渚まで走り屋するとかじゃないだろうね。この優等生に擬態したイケメンはうちの札付きの不良兄と遊びまくっている隠れ不良だからな。

「うん、だからね?」

 嗣臣さんがなにか言いかけた時、私は指に針を突き刺した。
 
「イテッ」

 そこからはプクリと新たな血が滲んだ。両手共に血だらけ、絆創膏だらけなのでもう今更だが、我ながら不器用すぎる。
 …何度刺しても痛い。

「大丈夫? 見せて」

 私が涙目で傷だらけの指を見つめていると、嗣臣さんがその手を掴んで持ち上げた。新たな絆創膏でも貼ってくれるのかと思いきや…
 パクリと指を食まれてしまった。

「!? なっ何してるんですか!」

 指から伝わる口内の温度。指の腹をなぞるように嗣臣さんの舌がぞろりと這う。ゾクゾクッとふしぎな感覚が背筋を駆け巡った。
 何だかとても恥ずかしいことをされている気がして、私の頬はカッと熱くなった。
 一方の嗣臣さんは、私の指から口を離さない。

「離し…ヒャッ!」

 無理やり口から指を引き抜こうとしたが、それをさせないとばかりにチュッと音を立ててきつく指を吸われた私は変な声を出してしまった。

「ちょ、嗣臣さん、ふざけないでくださいってば…!」

 こんな刺し傷、舐めときゃ治るだろうけど、こんなこと…! 大体血はバッチいんだぞ!
 彼の肩を押してやめるように促したが、ぱっちり合った瞳に閉じ込められたかのように私は目を逸らせなくなった。
 ドキッと心臓が大きく鼓動する。喉が張り付いたみたいになって声が出ない。
 何故だか、いつもの嗣臣さんじゃない気がしたんだ。

「花丸プリンだぞー!」

 ガチャー! とノック無しに入室してきたのは我が兄・琥虎である。
 いつもならノックしろ! と怒る所だが、今の私には救世主に見えた。

「琥虎…」
「嗣臣くぅーん、お話しましょー」

 私と嗣臣さんは兄によって引き剥がされた。何やら二人は肩を組んで密着するとボソボソと内緒話を始めていた。
 何を話していたのかは知らない。解放された私は慌てて部屋から飛び出したからだ。
 急だったので私は少々パニクっていた。人が変わったかのような行動を起こすから……何故、急にあんなことをしたのだろう。……少しだけ、怖かった。

 ピリと、針を刺した指が熱く痺れた気がした。
 

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