三森あげは、淑女を目指す!【紅蓮のアゲハって呼ぶんじゃねぇ】 | ナノ



三森あげはは淑女になりたい
曲がったことは大嫌い! 私の名は三森あげはだ!【1】


「三森さん? ……三森あげはさんっ!」
「ひゃい!?」

 名前を強めに呼ばれて、私が慌てて返事をすると、目の前には腕を組んだシスターが立っていた。

「……三森さん? あなたは神への祈りの時間を何だと思っていらっしゃるのかしら?」
「す、すみません…」

 だって眠くなっちゃうんだもん…眠らないようにしても、身体が勝手に寝てしまうんだもの…
 反省はしている。私かて睡魔に抗っていたさ。だけどいつの間にか目を閉じてスヤスヤしていたんだよ…!
  
「罰として放課後、この聖堂をひとりで清掃すること」
「えっ!?」

 この女子校の聖堂をひとりで。
 休みの日は近隣のキリスト教徒の人がミサに訪れるこの場所は、決して小さくはない。広くもないけど、それでも1人で掃除をするような広さではない。
 そんな殺生な…
 シスターにすがるような目をむけたが、彼女はフィッと踵を返してスタスタと立ち去ってしまった。
 私はガクリとうなだれるしかなかった。


「あげはちゃん、ミサ前に目覚ましのタブレット食べてたのにね」
「でもわかるよ。私もたまにうとうとしちゃうもん」

 ミサが終わった後、シスターに捕まって、「いいですね、ひとりで掃除をするんですよ。これはあなたの為なのですからね」と圧力をかけられた私は教室の机でへばっていた。
 そんな私を哀れんで声をかけてきたのは、眉を八の字にさせた茉莉花と、苦笑いした琉奈ちゃんである。

「…なにをしてもミサの時間は決まって眠くなるの……多分私がキリスト教徒じゃないからだよ……」

 ぶっちゃけ雪花女子学園が仏教系の学校でも構わなかった。私の目的は淑女になることなので、宗教は重要視していないのだ。仏教系の学校でも多分同じように寝てただろうし。
 だいたいお祈りをして幸せになるなら、世界から争い事がなくなっているはずなのだ。宗教を否定したいわけじゃないけど、やっぱり私には信仰という形が合わないのだと思う。
 信じるのは神ではなく、自分の力だと思うのだ。

 そんな事今ここでは口にできないけどね。どこでシスターが目を光らせているかわからないから口には出さない。
 居眠り常習者の私はただでさえシスターたちに目をつけられているんだ。これ以上勘気をこうむりたくない。

 

 ステンドグラスが太陽の光に照らされて、聖堂の中を色づかせる。そして聖母マリアが赤ん坊のキリストを胸に抱く絵画は神々しい。母親が子どもを愛おしそうに抱っこする姿は万国共通で美しく見えるってものである。
 だけどそれで神を信じるかどうかと言われたら答えは否である。どんなに聖書を読まされようと、神の教えをこんこんと説明されようと無理なのだ。
 信じるものが救われるなら、誰も苦しんでないと思うのだが。……神を信じている人には絶対に言えないけどね。

 罰掃除を命じられた私は聖堂のあちこちを雑巾で磨き、床掃除をした。それだけでも結構な労働である。全校生徒が収まる大きさだもの。いくら女子校といえど、少人数ではないからね。
 私は聖堂内をぐるりと見渡した。
 うん、大分綺麗になったんじゃないか?
 ミサ中に居眠りした私の罪も綺麗になった気がするぞ。



 シスターに掃除完了を告げると、またあのシスターに捕まってくどくど注意を受けた。お掃除したのにひどい。
 私が解放されたのはとっくに日が暮れた時間である。先程まで聞こえていた部活生の声も聞こえない。この学校に残ってる生徒は私だけなんじゃないかと錯覚してしまいそうになった。
 辺りはすっかり秋の夜長って感じだ。10月になってからはますます日の入りが早まった気がする。
 
 早く帰ろう。課題を片付けなきゃ。私は掃除で酷使した腕をストレッチしながら正門を通過する。そのまま脇目も振らずに駅に向かって歩を進めようとした。
 その時である。

 ──ブンッ
 路地裏から何かが風を切るような音が聞こえた。
 嫌な予感がした私はザッと後ずさった。直後、地面をガツッと抉るような音が響く。なにか、棒状のもので殴りかかられたのだ。

 また兄・琥虎絡みの不良共かと私は構えた。襲撃に慣れてしまっているのはもう習慣化しているからだ。あとは身を守って、軽く相手をボコっておけば……
 次から次に放たれる攻撃。
 私は相手からの攻撃をひらりひらりと避けた。そういえば自称舎弟のリーゼントが、私が攻撃をよける姿が蝶が羽ばたいている姿のように見えるとかお花畑な事言っていたな。見た目世紀末のくせに脳内ファンシーかよ。
 
 私が避ける度に地面や壁、はたまた電信柱を殴る相手。棒状のものは…鉄パイプか何かだろうか? もう殺しにかかっているんじゃなかろうか。おまわりさん、こいつらです。
 攻撃を避け続けていると、相手も疲弊し始めた様子。…力の使い方が間違っているんだ。無駄な動きが多すぎる。

「早く潰せ! ボコボコにしてこいって先輩に言われてんだろ!」
「この女すばしっこいんだよ!」

 夜目に慣れてきて、相手の顔が判明したが……誰だコイツら。制服の校章が…隣町の一中のものに見える。
 一昔前のヤンキーをリスペクトしている自称舎弟らとは違う。今どきの流行を追っている中学生男子って感じである。
 
「…あんたたち、誰に言われて襲撃に来たの?」
「言うとでも思ってんの、おばさん?」

 1歳か2歳くらいしか変わらないだろうにおばさん扱いとは失礼な中学生だな。

「ていうかよく見たらかなりの上玉じゃね? ボコボコにすんのもったいないじゃん……もっと別の可愛がり方があるじゃん」 
「ヤッちゃう?」

 なんか恐ろしい相談をし始めたぞ。何なんだコイツらは、目的はなんだ。
 そもそも、私を誰だと思っているんだ?

「ヤラせねーよっ!」

 私は地面を力強く蹴りつけると、腕を胸の前でクロスさせて相手にぶつかりに行った。

「うぐぇっ!?」

 フライングクロスチョップを受けた男はあっけなく地面に倒れ込んだ。
 とりあえず相手の自信を根っこから折ってから逃げよう。別の女子生徒に危害を加えられると困るからね。二度とこのような凶行に及ばぬよう、プライドをへし折っておこう。

「この女ぁ!!」

 3人で1人のか弱い女の子を襲うなんざ、本当にしょうもないな。
 私がお相手つかまつる!! 腕を上げると、襲いかかってくる相手の首めがけてぶつかりに行った。
 これはラリアットではない、正当防衛である! だってあっちが襲ってくるんだもん。相手が悪い!!

「も、もう許さねぇぞクソ女ァァ!」

 鉄パイプを振りかぶって怒りに吠える中坊。私はその鉄パイプを取り上げようと腕を伸ばした。もう少しで私の手のひらに鉄パイプが届く。その距離まで行き着いたのだが、寸前でその鉄パイプを別の第三者が掴んで止めた。

「……なに、してるの?」
「だ、誰だお前」

 止めたのは、嗣臣さんである。
 いつ現れた? またなんでここにいるんだ? 私が視線をさまよわせていると、嗣臣さんはあの赤いママチャリにまたがったまま、片手で鉄パイプを止めている。
 いつもにこにこしている嗣臣さんが明らかな怒りを浮かべている。気圧された中坊は戦意喪失したかのように脱力していた。
 カラーンと虚しい音を立てて鉄パイプが地面に落下すると、嗣臣さんは中坊の手首を掴んだ。骨が浮き出るくらい力を込めて握っているようで、中坊が「痛い痛い、やめろよぉ、はなせよぉ」と情けない声を上げているではないか。

「質問しているのはこっちなんだけどな。誰の許可を得て、彼女を襲ってるの? …さっき、聞き逃がせない発言をしていたみたいだけど、君みたいなジャリガキがあげはちゃんにお相手してもらえるとか本気で思ってるの?」
「ヒッ…」
「今すぐそこで転がってる仲間を連れていけ。…二度とあげはちゃんに近づくなよ」

 ピエェッと悲鳴を上げた中坊は仲間を必死に起こすと、尻尾巻いて逃げていった。

「…嗣臣さん、なんで」
「帰りが遅いから迎えに来たんだ。…間に合ってよかった」

 自転車のスタンドを立ててその場に停めると、嗣臣さんは棒立ちしている私の前に立った。すっと手を伸ばすと、私の両頬を包んで「怪我は?」と問いかけてきたではないか。
 なんかちょっと距離が近いなとは思ったけど、嗣臣さんはそういうところがあるので特に気にせずに怪我はないと答えた。

「あげはちゃんは女の子なんだよ? 喧嘩よりも逃げることに徹してほしいな」

 その言葉に私は思わず大口を開けてポカーンと間抜け面を晒してしまった。

「いや…私が強いこと、嗣臣さん知ってますよね? 急にどうしたんですか?」

 なんかこの間から妙に私のこと女扱いしてくるな、この人。
 私は嗣臣さんの整った顔を困惑気味に見返した。長い付き合いなので彼の顔は見慣れたが、それでもため息が出るほど整った顔立ちをしている。その気になれば俳優とか目指せるんじゃなかろうか。
 私が呑気にそんな事を考えてるとは思っていない嗣臣さんはずいっと顔をさらに近づけてきた。
 お互いの息が混じり合う距離。暗闇の中なのに、嗣臣さんの瞳が輝いているように見えた。

「…わかんないかな?俺、あげはちゃんのこと好きなんだよ? 好きな子に傷ついてほしくないと思うのはふつうのコトでしょ?」

 ささやき声のような嗣臣さんの声が掠れていた。言われた言葉に私はパチパチとまばたきを繰り返す。

 好きな子に傷ついてほしくない…
 つまりそれは……なるほど、妹のように大切に思ってくれているのね。
 
「どうもありがとうございます」
「……全然わかってないね? 結構ストレートに伝えたつもりなんだけど」
「? 伝わってますよ?」

 嗣臣さんはがっくりと項垂れて深い溜め息を吐き出していた。
 
「いや、うんわかってた。そういうベタな反応するって」

 苦笑い気味に1人で納得していた彼は、犬猫を撫でるかのようにワシャワシャと私の頭を撫でると、止めていた自転車に手をかけて「後ろに乗って、早く帰ろう」と促してきた。

 
 不良の襲撃。
 それは私にとって珍しいことではない。だから今の奴らも兄関連のことだと思っていた。

 だけどこれはほんの始まりに過ぎなかった。
 私を恨む人が裏で糸を引いていると気づくのはもう少し後のことになる。


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