猫様と社畜【お前は私の奴隷】 | ナノ



六日目・猫を、犬をナメるな。この愚か者!



「ミギャー!!」
「うわぁ!? 何!?」

 私が強盗犯の頭に飛び乗ると、相手はパニック状態に陥ったようだ。私は振り落とされぬよう、奴の被っているキャップ帽に爪を立てた。

「何!? 猫!?」
「んに゛ぃぃぃ!」

 そうだ! 猫様だ! 大人しく観念しろ!
 私を引き剥がそうともがいているようだが、見逃してやらないぞ!

「キャウ! ワウワウワウ!」
「え、何この犬…うわっ」

 いつの間にか、私の後をつけてきたらしい茂吉が強盗犯の足元にいた。茂吉は野生の勘を発揮したのか、強盗犯に牙をむいた。犬の吠える声が建物に反響する。

「こ、このっ騒ぐな!」

 慌てた強盗犯は茂吉を蹴りつけようと足を振り下ろしたが、茂吉は素早くそれを避け、犯人のズボンに噛み付いていた。茂吉を足から振り払おうと犯人が抵抗しているが、茂吉もここぞとばかりに粘る。
 こいつ状況わかってんのかな。加勢は助かるけど。
 
「ポンちゃん! 茂吉ちゃん! 止めなさい!」

 そこへオバチャンがテロテロと駆け寄ってきた。私達が急に通りすがりの人を襲ったと誤解しているのだろう。
 だが違うんだオバチャン、こいつは泥棒だ。腹に何かを隠しているぞ。この不自然に膨らんだ腹部を調べたらきっと窃盗品が……

 ──パサ、パサパサッ

「キャフ!?」

 下で茂吉が鳴いていた。どうしたんだと思って下を見下ろすと、茂吉の顔にピンクのレースの付いた黒いなにかが乗っかっていた。
 ……これは、ブラジャーだ。人間の女がつける乳当て…。オバチャンもつけている乳当てだ……。

「……あんた…これ…」

 茂吉がアスファルトに転がってブラジャーから逃れようとしている。暴れるもんで手足に肩紐が絡まっている。

 それを見たオバチャンが呆然とした声で窃盗犯に声を掛けていた。
 犯人は自分の足元に落ちている、大小様々色とりどりのブラジャーに囲まれて青ざめていた。そして、唇を噛み締めて顔を上げると……キリッとした顔でこういったのだ。

「──違う! 俺はパンツは盗んでいない!」
「…はぁぁぁぁあ!?」

 この男いわく、パンツを盗まなければセーフらしい。
 窃盗犯の訳のわからない自供にオバチャンが大きな声を出していた。オバチャンそんな大きな声出せるんだね。

「あんた、何をぬけぬけと開き直って…! 恥ずかしいと思わないのかい!」

 オバチャンの怒髪天を衝いたようだ。オバチャンは窃盗犯の首根っこを掴んだまま、そのまま警察に電話している。

 窃盗犯よ、警察の前でもう一度同じセリフを言ってみろ。面白いことになるから。
 …まこと、人間というものは愚かである。
 乳当て、パンツ…そんなものよりも中身に興味を抱くのが生物として正しいあり方であるのに……もしも社畜にそんな趣味があったら私は悲しいぞ……

 
「キャウ、キャウウウ!」

 未だにブラジャーの呪縛から逃れていない茂吉はフラフラとどこかへと向かっていた。不器用か。
 全く、お前はアホだな。ほれ、これで前が見えるだろ。

 視界が晴れたとわかると、茂吉は嬉しそうに表情を明るくさせていた。
 こら、ブラジャーに噛み付いて振り回すんじゃない。それはおもちゃじゃないんだ。
 破損したら社畜が弁償する羽目になるんだぞ。

 警察に連行される窃盗犯は馬鹿なのか、「だからパンツは盗んでないって言ってるだろぉ!?」と叫んでおり、警察に叱られ、騒ぎを聞きつけたご近所さんから軽蔑の眼差しを送られていた。

 今日の夕方ニュースの一面だな。
 【パンツは盗んでいない】女性の下着を窃盗した男を逮捕。
 …みたいな。


■□■


「本当にありがとうございます!」
「あっ…いえ、家の猫と犬が勝手にしたことなんで俺は別に…」

 その日の晩、下着を盗まれた被害者が御礼の品を持って挨拶に来た。だが、お礼の品はどこからどう見ても人間専用の食べ物である。
 お礼になっていないではないか。論外である。 

 今日もくたびれた様子で帰ってきた社畜は来客の登場に何やら落ち着かない様子でわたわたしていた。頬は紅潮して、落ち着かない……
 来客者は若い女だ。多分社会人で、社畜と年が近いであろう。彼女の姿を見た社畜は雷に打たれような反応をしていた。なんというかわかりやすい社畜である。
 
 アホの茂吉は人懐っこい質なので、来客者のそばに寄って構ってアピールをしていた。それに気づいた女はしゃがみ込んで茂吉を撫でている。
 社畜はそれをぽーっと見つめていた。アホっ面下げて…情けないのう。

 …私か? 私は孤高で高貴な黒猫様だ。益のない人間には媚は売らない主義なのだ。私にお礼に来たというのに、人間の食べ物を持ってくるとは…お話にならん。絶対に撫でさせてやらん。

「可愛いですねぇ」
「茂吉っていうんです。あっちがポン子で」
「動物っていいですよね。私も結婚したらどっちか飼いたいなと思ってて…」

 責任取れるなら飼えばいいんじゃない? 飼っといて捨てる無責任な飼い主がいるからなぁ…

「今度結婚するんです」
「え」

 社畜の声が空虚なものに変わった。
 だが、それに女は気づかない。社畜が一目惚れした直後に失恋したことに。
 あー…どんまい、社畜。そんなこともあるさ。でも傷は浅い。大丈夫だ。お前は強い子だから。

「住む場所もペット可の物件なんですよ。今度彼と譲渡会に行こうと考えてて」
「あは、あはは…そうなんですね…」
「あ、夜遅くにお伺いしてごめんなさい! 本当にありがとうございました!」

 女が帰った後、社畜はその場に崩れ落ちた。
 茂吉が社畜の顔を集中的に舐めていたので、多分社畜は失恋の涙を流していたのだろう。泣くほど好きだったのか?

 あぁ、腹が減ったな。
 社畜が帰宅してすぐの話だったからまだ飯を食べていないんだ。今日は労働もしたしかなり空腹。
 社畜、お前の仕事はまだ終わっていないぞ。猫様のお世話をサボるな。
 
 私は空の餌容器を蹴っ飛ばして、社畜に夕ご飯を催促したのである。


■□■

  
「ちゃんと避妊手術をするのと、健康管理には気を遣ってやってね?」
「わかりました。彼の実家が保護猫を飼育していたので、色々聞きながら大切に飼わせていただきます」

 野良猫トリオのうち、三毛猫の貰い手が決まった。
 新たな飼い主はこの間の下着ドロ被害者のOLだ。結婚相手の婚約者と一緒に猫とのお見合いにやってきたのだが、ひと目で三毛猫に決めたらしい。

 オバチャンは寂しそうだが、飼ってあげる余裕はないので、こうして飼い主が見つかったことはいいことだと少しホッとしてる様子。
 本当はこうして餌付けするのは良くないとわかっていたが、動物好きなオバチャンにはお腹をすかせた野良猫を放置できなかったのであろう。

「他の猫を引き取ってくれそうな人を当たってみます」
「助かるわ」

 おい、灰色猫。お前との短い付き合いも後少しらしいぞ。
 私が話しかけると、灰色猫はフン、と鼻で笑っていた。ムカつくので、後頭部を叩いておく。そしたらやり返されたので、更に叩き返した。

「わふっ」

 そこに突っ込んできたのは茂吉だ。
 茂吉は私と灰色猫を交互に見て、遊ぼうポーズを取ってくる。
 遊ばないぞ。お前1人で遊んでこい。

 ツン、と顔を背けて返事をしたつもりだったが、茂吉は懲りずに突っ込んできた。ヘソ天体勢の私を灰色猫が見下ろし、嘲笑ったように見えた。
 茂吉を猫パンチで制そうとしたが、茂吉にマウントをとられたまま、私は屈辱を味わっていた。
 その間にOLとその婚約者が三毛猫を連れてオバチャン宅をお暇していった。残された野良猫ダブルは淡々とそれを見送っている。結構ドライな間柄なんだな、お前ら。


「──アレクサンドル!」

 日向ぼっこ続行していた私達の耳にその単語が聞こえてきたのはそれから間もなく。
 アレクサンドル……誰だ?

 オバチャンの家の庭を覗き込んできた女が叫んだのだ。先程のOLと同じくらいの年代なのだが、化粧っ気がなく、どこかくたびれた印象がある。 
 いや、待てよ、この女どこかで…

 オバチャンも突然現れた女に驚いて固まっていた。

 おい……何故お前が現れるのだ。
 あの日、ダンボールにこいつを入れて、置き去りにしたお前が。

「フシャァァァ…!」

 警戒心を隠せなかった私は毛を逆立てた。茂吉は私の変化に驚いて飛び退く。
 このアホは気性が優しいから、どんな人間でも許してしまうだろう。だが私は違う。

 犬猫はおもちゃじゃない。使い捨ての人形じゃないんだ。
 人間どもが勝手に愛玩扱いにしているだけ。

 私達だって生きているんだ。それを気分ひとつで捨てようとする人間など、私は認めてやらん…! 
 



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