乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ もしも彼と同じ年なら 15【完】


 私は、生きていた。

 あの時、偶然にも階段の下に女の子の告白の呼び出しから戻ってきた橘君が居合わせており、転落してきた私をナイスなタイミングでキャッチしてくれたそうだ。
 あの時聞こえた橘君の声は走馬灯ではなくて本物の橘君の声だったらしい。気絶した私に代わって、私の背中を押した犯人…木場早苗を彼がしょっ引いてくれたと弟の和真から聞いた。

 木場早苗は高校退学の危機に瀕しているそうだ。
 基本的に大学に合格していても、高校卒業してなければ合格取り消しになってしまう。卒業証明書を入学手続きの時に提出する流れだから。

 幼馴染の元カノがヒロインちゃんにやらかした時も裏側で色々あったらしいけど、被害者側が示談を受け入れたから退学にはならなかった。
 もしも被害者だったヒロインちゃんの両親がキツく言えば真優ちゃんは退学になっていた可能性があるのだ。あの時の自分は巻き込まれた側だったし、彼女の家の意向に沿った形だった。

 今回の場合は私が被害者で、うちの両親もだけど、なにより目撃者でもある橘君が激おこだったらしい。
 大久保君が間に割って入ってくれたお陰で暴力沙汰にはならなかったそうだが、女相手に凄まじいお怒り具合だったとか。

 うそぉ、橘君ってそんなキレるキャラだっけ? 怒った所見たことあるけど、自制できるタイプでしょ。想像できないわ。
 気絶していた私は幸いにも無傷。橘君も普段から剣道で鍛えているお陰か無傷で済んだ。
 奇跡である。


 
 何で嫉妬にかられて突き落とそうとするの。殺人未遂で訴えられてもおかしくないんだよ?
 木場さんはこれからもそんな事し続けるの? 
 こんな事しても橘君に余計に失望されるだけだよ。
 …それに私達だけじゃない。
 他の生徒だって、あの嫌がらせの共犯である巻野さんだって友達である木場さんを怖がって遠巻きにしちゃってるじゃない……
 自分で自分の首を絞めちゃってるんだよ。

 ここで反省して変わらないと、木場さんは一生このままだよ?

 
 私の家に親と一緒に謝罪と話をしにきた木場早苗にそう問いかけてみたけど、彼女は俯いたまま何も語らなかった。
 両親同士で事務的なやり取りをして帰っていたけど、彼女は最後まで何かを言うことはなかった。
 


☆★☆


 私は卒業式を無事に迎えることができた。

 ただし、木場早苗は学校側から式にも謝恩会にも参加しないで欲しいということで不参加。
 私も卒業を控えているので訴訟事はお断りしたい。なので今回も両家で話し合って示談という形になるだろうと思う。
 そう、お金で解決するのよ…
 
 …だって高校退学させて、それで逆恨みされたら余計面倒だし、木場早苗は大学進学して就職したら、親に肩代わりしてもらった慰謝料を弁済するべきだろう。物事の善悪のわからない小さな子供じゃないんだから、自分のしでかしたことは責任を持つべき。

 これで反省するかしないかは木場早苗次第だ。
 今後私の人生に関わらないでほしいと相手に念押ししておいたから大丈夫だと信じたい。



 式をすべて終え、私は泣き通しだった。
 もうメイクはドロドロで、直しても直しても落ちるから諦めた。パンダになった目元はメイク落としシートで拭いて落としてしまったわ。
 ファンデと眉とリップは引いてるが…アイメイクが出来てないから力が出ない…

 教室でクラス担任の最後の挨拶を聞いた後は生徒達が別れを惜しみながら教室を出ていく。卒業生は式が終われば解散ということだが、みんな学び舎を離れる事を惜しんでいるようだ。

 そんな中で私はあの時後悔した事をまた後悔しないように、しておきたいことがあった。


「橘君」
「………田端か?」
「なんで疑問風なの。仕方ないじゃん。感動で化粧が落ちるんだから。地味とか笑わないでよね」
「……いや、そんなことはないぞ……」

 部活の後輩に囲まれていた橘君に声をかけると、彼は私の顔を見て固まっていた。
 えぇいジロジロ見るんじゃないよ。

 私はさっさと用事を済ませようと思って彼にお願い事をした。

「話があるんだけど5分くらい時間くれない?」
「…あぁ、俺もちょうどお前に話したいことがあったんだ」
「そうなの? じゃあ先にいいよ」
「場所を移動しよう」

 人前だと話しにくいようだ。
 言われるがまま橘君に着いていくと風紀室に到着した。
 なんだ、卒業式まで私を指導するつもりなのか。
 落ち着かなくて、私は室内をキョロキョロしてしまったが、橘君に話を促されたので自分の目的を果たそうと口を開いた。

「階段から落ちた件で…助けてくれて本当にありがとう。私あの時本当に死を覚悟した。……死んでしまったと思った時後悔した事があるの」

 あと一息。そう、一言好きだと言うんだ。
 言い逃げしてしまえばいい。私の背後にドアがあるのだから言って逃げてしまえば恥ずかしくはない。
 私が緊張しているなんて気づいていないのか、橘君は黙って私が話すのを待ってくれている。

「その、す、す……制服のボタンを記念にくれませんか!?」
「………何故?」
「いや、あの、その、餞別というか、思い出というか…」

 私はアホか! ボタン欲しがるっていつの時代の話だよ! しかもそれ学ランの話じゃないの!?
 あーやばい絶対引かれた。
 意味わかんねぇなこいつって絶対に思われてる!
 私は色んな意味で恥ずかしくなってしまって顔を上げられずに俯いてしまった。

「……俺はこれでお別れにするつもりはないぞ」
「…え?」

 橘君の言葉に私は顔を上げた。
 それと同時に私の腕が引っ張られ、彼の胸に飛び込む形になる。

 …え?
 なにこれ意味分かんない。 
 何で私は橘君に抱きしめられてんだ?
 
 首元に橘君の顔があってくすぐったい。
 そのくすぐったさに身を捩るが、橘君の腕は私の身体をしっかり抱きしめており、解放されることはなかった。


「好きだ田端。お前も俺と同じ気持ちだと自惚れて良いんだよな?」
「………へ」

 私の間抜けな声は、橘君の唇によって封印された。
 橘君の唇は思ってたよりも柔らかかった。
 角度を変えてされたキス。
 始めは軽いものだったのに、段々ハードルの高いものになっていき、私は目を回しながら受け入れていた。

 なんですかこの食べられてしまいそうなキスは。
 すいません。橘君あの、私ファーストキスなんですけど。
 こんなガッツリしたのは想定してなかったと言うか。

 解放された頃には私は半泣き状態であった。
 いや、泣きが入っていたと思う。目が涙で滲んていたもの。
 もうパニックだよパニック。
 
「私はファーストキスなのに! ムードがないよ! 付き合い始めは軽いキスじゃないの!?」
「…人によるんじゃないか?」
「はじめはもうちょっとソフトなのがいいよ! 初心者には優しくして!」
「……仕方がないな」

 私のクレームに橘君はまるでわがままを聞いているかのようなリアクションをしていた。
 いやいやなんでそんな反応されなきゃならないの!? 私、心臓バックバクなんですけど! なんで貴方はそんな涼しい顔してるわけ?!
 
 私に対して呆れた顔をしていた橘君は、私の頬を手のひらで撫でてそのまま私の下唇を指でなぞり、再度キスをしてきた。
 今度は私の要望通りに優しい触れるだけのキスを何度もしてくれた。

 キスのやり直しに赤面して固まる私の顔をそっと撫でて、橘君はこう言った。

「俺の前ではこの鎧を外せるよう、俺がお前を守る。俺以外にお前を守れる奴はいないだろう?」
「……!」

 私の涙腺はまた崩壊してブサイクな泣き顔をまた橘君に見られる羽目になった。
 


 事ある毎にすっぴんに近い私を可愛いと甘やかす彼のせいで私の化粧がナチュラルメイクに変わるのは、そう遠くない未来の話なのかもしれない。



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