乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ もしも彼と同じ年なら 11


 期末テスト最終日。
 私はがっくり項垂れていた。
 気分は某ボクシング漫画の明日のジ○ーのようである。

「どうしたのあやめ」
「……燃え尽きた…」

 私の事を心配した智香ちゃんが私に声を掛けてきた。
 私はもう、灰になってしまったの。
 連日睡眠時間を削って勉強した私は燃え尽きていた。テスト終了まで気を張っていたが、終わった途端気が抜けてしまったのだ。
 家帰ったら寝る。即寝る。

 帰宅の準備を終えて私が席を立ち上がったその次の瞬間。廊下をバタバタ走る音がして教室にいた全員が何事? と廊下に注目した。
 廊下を走るのは厳禁。風紀に見つかれば叱責物なのに。
 その音を発生させていた主は私のクラスに駆け込んでくるなり、ぐるりと見渡して誰かを探していた。
 それにはみんなも訝しげな顔をしている。
 その人物は私を見つけるなり、「お姉さん! 和真のお姉さん! 大変だ和真が!」と叫んだ。
 その必死な形相にただ事ではないと感じて彼…赤いネクタイを付けた一年生のもとに近づいた。

「…なに? 和真がどうしたの?」
「和真が! ゲホッ、連れてかれた! 車が、」
「え、待って、なに? どういう事」

 訳が分からなくて私は一年男子を落ち着かせようとしたが、彼も混乱してるのか話がまとまらない。

「あれ二年だった奴だよ! 和真が前つるんでた奴!」
「え?」
「あいつが言ってたんだ。お姉さん1人で南町の駅裏通りのゲームセンターまで来るようにって! じゃないと和真は返さないって」
「………」

 話を聞いた私は教室を飛び出した。

ガシッ
「!?」

 だけど廊下へ飛び出したはずの私の身体は誰かの力強い手によって教室に逆戻りした。

「…またお前は後先考えずに…お前は風紀室にいろ。俺が行ってくるから」
「はぁ!? 自分の弟のことを他人任せに出来るわけ無いでしょ! 離してよ橘君!」
「お前に何ができる! お前は女だろうが」

 橘君の態度に私は苛ついていた。
 橘君は他人だから冷静にいられるんだろうが、私は血縁である弟の危機に焦っているのだ。
 こんなチンタラしている暇があるなら救出に行きたいのだ!
 離せ離せと暴れて言うことを聞かない私に業を煮やしたのか、橘君はとうとうキレた。

「いい加減にしろ! 何かあって困るのは田端、お前だ!」
「……な、なによ、そんな怒らなくったって…」

 べ、別に怒鳴らなくてもいいじゃん…

 いきなり橘君が怒るから私の涙腺が壊れて涙目になった。
 だけど私は折れぬ。
 私は零れそうな涙をこらえながら橘君を睨みあげると彼は怯んだ様子になり、なんだか気まずそうな表情をしていた。
 …よし! このまま気迫で勝つぞ!

「私は和真の姉なの! 絶対に助けに行くの! 私を止めたければ私を倒していけ!!」
「…目的変わってるぞ」


 橘君と口論をした末、風紀委員を巻き込んでの救出劇となった。
 風紀の面々の活躍によって悪人どもは成敗された。まるで時代劇の現代版を見ているようであった。
 囮にはするけど動くなって橘君に念押しされてたけど、居ても立ってもいられずに和真を探しに行ったその先でタカギに捕まってビンタされてしまった。
 私の後を追いかけて来た橘君が助けてくれたからそれだけの被害で済んたけど、彼は私の怪我を見てすごく落ち込んでいた。

 翌日改めて彼にお礼と謝罪をしたのだけど、橘君はまるで自分のことのように凹んでいた。

「橘君のせいじゃないよ。私が考えなしだったせい。でもあいつにガツンと言い返せてスッキリしたし…」
「…女なのに…怖かっただろう」

 そう言って橘君が私の左頬を撫でた。
 病院で処方された顔用の湿布の上から私の頬を撫でるその手は優しく、彼の真っ直ぐな瞳に射抜かれた私の胸がドクリと跳ねた気がした。

 後々冷静になった時に結構恥ずかしいことをされていたと気がついてしまった。
 頬撫でるって…彼氏いない歴年齢の私には接触過多なんですけど!

 しばらくの間、橘君と目が合うと恥ずかしくなってしまって、ついつい目をそらす真似をしてしまった。



☆★☆


 早いもので冬休みに入った。冬休みだけど受験生の私はゼミ通いである。
 家でもずっと勉強してるし、勉強尽くしだよ!
 
 息抜きがてら、ゼミ帰りにショッピングモールのコーヒーショップにてテキストを問いていると、どこからか「亮介? …それに沙織さんも」という声が聞こえてきた。
 私がテキストから目を離してそちらへ注目すると、そこには橘君と元カノさんの姿があった。
 二人共大きな鞄を持っていたから、私と同じくゼミに行っていたのか図書館にでも行っていたのだろうか。

 彼らはある男性と会話をしているようだったが、その相手が橘君に似ていたのでもしかしたらその人は橘君のお兄さんかなと推測する。兄がいるって話は聞いていたからね。 

 この距離からじゃ話し声がちょっとしか聞こえない。悪趣味だとは思うけど気になってしまい、橘君にバレないように聞き耳を立てた。

「だから手伝ってほしいんだ」
「構わないが…いいのか?」
「? なにが」
「……なんでもない」

 最後のそのやり取りだけは聞き取れた。
 お兄さんらしき男性は席を立って、返却口にマグカップやトレイを返却すると、彼らと店を出ていってしまった。

 …手伝う? 何を?
 え、ていうか休み中も一緒にいるってことはあの二人復縁したんじゃないの? 受験前に二人でデートってわけなの?

 ……復縁する気はないって言ってたくせに心変わりですかそうですか。
 …なんだよ結局は美人だからホイホイ行くんじゃないかよ。


 私は、彼の行動に対して腹を立てていた。
 自分は別に橘君の彼女でもないし、クラスメイトなだけなのに彼の態度にイライラしていた。
 だけど何故こんなにもイライラするのか、その理由はいまだに分からずにいた。



★☆★


 新年明けて三学期が始まった。

「フン!」
「…田端、お前この間から一体何なんだ」
「彼女いる人は話しかけないでくださーい。受験前に彼女作るとか喧嘩売ってんのか」
「…はぁ?」

 登校時間に駅のホームで橘君と目が合ったけど、私はクリスマスシーズンのときの橘君と沙織さんのデート風景を思い出してイラッとしたので思いっきり顔を背けてやった。
 そしたらつられてムッとしたらしい橘君がこっちにやって来て私の態度について追求してきたので、私は嫌味を言ってやった。

 なのだが橘君は何故か不可解な表情をしている。
 とぼけてんじゃねーぞこの色男。受験前にイチャコラとは随分余裕だな。
 
「…俺は独り身だが…」
「はぁー? クリスマスに沙織さんとショッピングモールデートしてたくせに何言ってんだか。復縁する気がないとか言って復縁すんだろ! 美人だし!」
「…見てたのか……何度も言うがその気はない。あれは沙織に参考書を一緒に見てほしいと言われたのだ」
「この時期に? へぇ? それただの口実だと思うけど? …橘君って鈍いんだね」
「え…」

 彼はぽかんとしていた。
 え、マジで気づかなかったの? わかるでしょ普通に。
 だって図書館でも一緒、文化祭にも来た、クリスマスも一緒よ!?
 普通相手の好意に気づくだろー!

「…橘君そんなんじゃ、好きな子できても離れていっちゃうよ。優しいのは良いことだけどさ、そういうの女の子は誤解するっていつも言ってるよね?」
「…すまん」
「私に謝られても仕方ないよ」

 橘君はしょぼんとし始めた。そんな落ち込まれると私が悪い事言っているみたいだから止めてくれよ。

「あれー? あやめちゃん?」
「…あ、波良君…波良君は専願でもう学校決まったんじゃないの?」
「14日までは登校日だよ」

 橘君が凹んでしまったので、私も言い過ぎたなと気にしていると、学ラン姿の男子高生に声を掛けられた。
 彼は波良君。弟が最近通い始めた空手道場の兄弟子である。

「そうだあやめちゃんこれ」
「なにこれ」
「アプリのID。メッセージ送ってよ」
「…私暇じゃないんだけど」
「いいじゃーん…あ、俺こっちだからまたね〜」

 波良君は私にメモを渡して、そのまま反対ホームに流れ込んできた電車に飛び乗って行ってしまった。
 私は仕方なくスマホを取り出してアプリを起動すると、ID検索を始めた。

「…田端お前、俺には偉そうに説教垂れたくせに、自分は男と連絡とるっていうのか」
「…は?」

 橘君は私を非難するような目で見てきた。
 何言ってんだこの人は。連絡取るくらい別に良いでしょ。
 何故そんな責められるような目で見られないといけないんだと私はイラッとした。

「しかもあんな軽そうな…」
「波良君のこと何も知らないのに悪く言わないで。橘君には関係ないでしょ。放っておいてよ」
「じゃあお前も俺のことに口出しするな」
「わかったよ。もう知らない」

 先ほどとは一変。私達は睨み合った。
 いきなり怒り始めた橘君に私も怒りがこみ上げてきたので憎まれ口を叩くと、彼から背を向けてID検索を再開した。
 アルファベットを打ち込んでいるとちょうどホームに電車が来たようで一旦入力を中断する。スマホから顔を上げて電車に乗り込もうとしたその時、私の手から波良君のメモが抜き取られた。

「…ちょっと、何すんの返してよ」
「…嫌だ」
「はぁ!? もうなんなの! 橘君意味分かんないから!」

 抜き取った犯人はそのメモをぐしゃっとして制服のスラックスのポケットに収めてしまった。
 そこに手を突っ込んで捜索するのはいくら女といえどセクハラになりそうなので私は躊躇った。

「ああいうのはよくない」
「波良君は和真の通う空手道場の兄弟子だよ! おかしな人じゃないし、橘君のそれ失礼だからね!?」

 メモを取り返せずにヤキモキする私に対して、橘君は不機嫌な表情でそっぽ向いていた。

 なんなんだよこいつは!
 
「あーわかった! もう好きにしたら良いよ、沙織さんに親切にしたら良いじゃん。止めない止めない」
「それで怒ってるんじゃない」
「じゃあなんだよ!」

 結局波良君のIDは検索できずに、メモも取り返すことも出来なかった。


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