乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ もしも彼と同じ年なら 9


 高校最後の文化祭を終えた私達。文化祭は色々あったけどまぁ楽しかったとも言えるから結果オーライだろう。
 日に日に寒さが増し、季節の変化を肌で感じていた。
 ……来たる受験の日は刻一刻と迫っているのだ。

「はっ! 橘君今の見た!? ヒロ…本橋さんと私目が合った!」
「はいはい」

 受験生だが学校行事は強制だ。勉強じゃなくても参加しないといけない。
 11月に行われる球技大会でじゃんけんに負けた私はバスケ担当になった。
 ちなみに同じくじゃんけんで負けた橘君もだ。
 そういえば体育祭のリレーも私らじゃんけんで負けて決まったよね。
 なんだよ気が合うじゃないか。
 
 球技大会の日が近づき、チームで練習していたのだが、同じくバスケ専攻のヒロインちゃんと目が合ってしまって私はドキドキしていた。

「これが…恋なのか…?」
「田端、靴紐解けてるぞお前」

 私は真剣に悩んでいるのにこのイケメンは冷たい。所詮他人事だからだろうか。私のこと呆れた目で見てくるのが解せない。
 靴紐は結ぶけどさ。

「おい田端あやめ」
「ん?」
「俺と勝負しろ」
「………」

 しゃがんで靴紐を結んでいると、A組の間克也にいきなり勝負を挑まれた。
 先日から妙に敵視してくるが、こいつは本当になんなのだろうか。
 勝負してやれば満足するかな。

「…シュート対決でいい?」
「あぁ。だが条件がある。…俺が勝てば、花恋に二度と近づくな」
「…………本橋さんは君の彼女かなにかなの?」

 私の問いに間は手負いの獣のように顔を険しくさせて私を睨んできた。
 なんだやるのか。
 私も負けじと睨み返してやる。

「……まぁいいけど。じゃあ私が勝ったら、私を敵対視するの止めて。鬱陶しいから」
「なっ」
「受験の邪魔なの。良いよね条件これで」

 私はボールを拾い上げてドリブルしながらゴールポジションに立つ。

「5回勝負で多くシュートいれたほうが勝ちでいい?」
「…あぁ」

 間の返事を聞くと私はゴールに向けてシュートを放った。




「……な、何故だ…」
「私、小さい頃幼馴染とバスケしてたからシュート得意なんだ」

 間はガクリと項垂れていた。
 彼のプライドを傷つけてしまったのだろうか。
 まさか私がバスケが下手だろうと見て勝負を挑んだのだろうか。
 今となってはどっちでも良いんだけど。

「取り敢えず勝負は勝負だから、今後一切私を敵対視する真似はよしてね」
「…っ、調子乗ってんじゃねーぞ!」

 間はそう捨て台詞を残して逃走してった。
 おい、条件早くも破ってんぞ。

「…橘君、あれ条件守ってくれると思う?」
「……無理だろ。あいつ、人の意見聞かない面があるからな…」

 役職付きの時、何度か生徒会と風紀委員会が衝突していたのを知っている私は橘君の言葉の重みを感じていた。
 
 おいおい間さんよぉ、言い出しっぺのくせに約束を守らないなんて人としてどうかと思うぞ。あんた一応元生徒会長だろうが。
 生徒の模範として恥ずかしいぞ。

(…ヒロインちゃんの前でこの勝負したんだけど、約束を無下にする所見せると好感度下がるんじゃないのこれ)

 ふとそんな思いがよぎったけども、まぁ良いかと気にしないことにした。





 体育館倉庫独特の香りが鼻腔をくすぐる。
 好きではないけど癖になるんだよねこの匂い。学校って独特の匂いがある。
 
 練習で使用したバスケットボールを直すと私は踵を返した。着替えてさっさと帰ろうと思っていた。
 …その時だった。

 ──ピシャン!
 ガチャリ

「えっ!? ちょっ! 中にいるんですけど!!」

 私がまだ中にいるというのに体育館倉庫の扉の鍵を掛けられてしまった。
 慌てて扉を叩いて大声を上げるが、扉の向こうの相手は笑いながら…複数の女子の声が遠ざかっていった。

 ……どうやら故意的に閉じ込められてしまったらしい。
 どうしようか。私の装備はジャージ姿なだけでスマホは教室だ。制服とか鞄も全て教室。

「………」

 なんだコレいじめ?
 私はしばらく突っ立っていたが、傍にあった飛び箱の上に座った。悩んでも私にできることはない。
 …明日になれば…ていうか帰ってこないと、親が心配して学校側に知らせてくれるだろう。
 ……もー受験生なのにどうしてこんな目に合うかな…犯人は誰だ? クラスメイトか?
 目的は何だ? 橘君か? それとも変化球で間とか? いやまさかな。…多分橘君だな。
 私は項垂れて深い溜め息を吐いた。

 だめだなー……。距離を置こうと思ってる癖についつい橘君と親しげに接してしまっている。
 なんか気になって話しかけちゃうんだよねー…
 …私はモブで彼は攻略対象なんだけどなぁ…

 ずきり。

 突然私の胸が苦しくなった。
 なんだろうかこれ。


「田端いるか?」
「!」

 ドキッとした。
 今まで考えていた彼の声が耳に届いたから。
 私は飛び箱から飛び下りると、大声でここにいることを知らせた。

「橘君! 私ここにいる! 倉庫に閉じ込められた!」

 橘君は鍵を取ってくるからと言って一旦離れたがすぐに戻ってきて私をここから出してくれた。
 11月といえど冷える。ここで泊まる羽目にならなくて良かった。

「ありがとうー! 本当にありがとう!」
「お前の鞄だけが教室に残ってておかしいと思ったんだ。…見に来て良かった」

 いつも彼は私を助けてくれてるな。本当頼りがいのある人だ。
 ……もしも私がヒロインなら、迷わず彼ルートを選ぶのになんでヒロインちゃんはフラフラして、挙句の果てに初恋の相手だった私に告白してきたんだろうか。

 お似合いの男性が周りにたくさんいるのに。
 ……ヒロインちゃんが羨ましいな…

 ずきり、ずきりとまた私の胸が痛んだが、その理由を私はまだ知らない。


★☆★

 球技大会当日になった。
 同じ学年じゃないからヒロインちゃんの攻略具合がよくわからないけど、同じバスケ競技ならもしかしたら目撃できるかもしれない。
 競技中にヒロインちゃんが怪我をした時、お姫様抱っこして保健室に連れて行ってくれる相手が最も好感度の高い相手なんだ。
 最初から乙女ゲームの進行状況が消化不良だったから生イベントを見るのが楽しみだ。

 試合は順調に勝ち進んでいる。
 橘君が意外とバスケ上手くて、私がマークされた時フォローしてくれるから助かる。
 他のチームメイトもそれなりに上手だから、ウチのクラスはなかなかいいチームワークだと思うんだけど。
 もしかしたら優勝狙えるかも?


 ──ドダン!

「?」
 
 敵チームの男子の背中に阻まれて一瞬見えなかったが、すごい音がした場所を覗き込むとヒロインちゃんが足を抑えて苦悶の表情で倒れ込んでいた。
 え、ファウル? と思ったけど審判は何も言わない。ファウルじゃないようだ。
 ドヨドヨ騒ぎ出す観客の声が大きくなったその時、ヒロインちゃんに近づいていく人物の姿が。

 彼は彼女に声を掛けると彼女をお姫様抱っこして何処かへと連れて行ってしまった。
 キャー! いや〜っ! と女子達の悲鳴が私の耳に突き刺さったけど、私は呆然とそれを見送っていた。

 …頼りがいのある優しい人だもん。
 可愛い女の子が苦しんでいたらそりゃそうするさ。
 ………試合で怪我したヒロインちゃんを運ぶのは攻略ルートに入っている好感度の高い人。
 ……そっか…ヒロインちゃん、橘君ルート進んでたんだ……


 また、私の胸が酷く軋んだ気がした。

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