乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ もしも彼と同じ年なら 5


 文化祭二日前に差し掛かったある日、事件が起こった。

「うわ…ひっどいな…」
「なによこれ!」

 朝、教室に入るとクラスメイト達がざわついていた。丁度自分の席がある場所を囲みながら。
 なんだろうかと思ってその渦中を覗き込むとそこには切れ端になってしまった何かが自分の机の上で散乱していた。

「え、なにこれ…」
「あやめ! これあんたの執事服じゃない!? あんたのだけ衣装置き場から消えてなくなってるよ!?」

 私よりも先にこの状況を発見した友人が私にそう言ってきたが、私の脳は目の前のことを処理しきれず理解が追いつかなかった。

「嫌がらせ…?」
「もしかして…田端を怪我させた二年女子が逆恨みしてやったとか…」
「でも下の学年が三年の教室に入るか?」
「だって別れたんだろ? それでそれを田端のせいにして…」
「どうすんの? 明後日だよ文化祭」

 皆が勝手な推測をして犯人を勝手に決めつけ始めた。
 確かに大志の元彼女は嫉妬に狂ってとんでもないことをしでかしたが、こんな事をする子ではないと…信じたい。…自信はないけど…
 犯人(仮)の元へ突撃しようという流れになりそうだったので、慌てて皆を止めた。

「まぁまぁ‥私は文化祭では裏方担当だし……こういうのに気を取られて準備が滞るの困るし、今のところは保留にしよう」
「…それでいいの?」
「いいよ」
 
 友人の智香ちゃんが煮え切らない表情で私を見てくる。他のクラスメイトも同様だった。
 だけど証拠もないのに突き止めるなんてまずいと思う。……相手が私に対して恨みを持つならきっと再び私になにかしてくるだろう。
 …その時証拠を掴んで犯人を追求すればいいだけだ。
 残骸になってしまった執事服。勿体無いけど使い物にならないのでゴミ袋に収めていると、そこで橘君が登校してきた。
 私の周りに人が集まって入ることに異変を感じたらしく、訝しげな表情をしていた。

「……? なにかあったのか?」
「それがよ、むぐ」
「なんでもないよ」

 この出来事をここだけの話にしたい私はいらんことを教えようとした男子の口を手のひらで塞いで黙らせた。
 私の行動を不審に思った橘君がこっちをジットリ見てくるが、私は男子の口を抑えたまま斜め上を見上げてとぼけた。

 正義感の強い彼なら犯人を突き止めようとするだろう。
 だが文化祭前、そして受験生である私達は優先順位というものがあってだな……
 とにかく自分でなんとかするからいいんだよ。

「あやめの衣装がビリビリにされてここに置かれていたの」
「智香ちゃん!?」

 なんということでしょう。友人がチクった。
 私が「あっ…まっ…」と単語にならない声を出して友人の口を塞ごうとしたら、智香ちゃんは華麗に避けた。
 そして事の次第を最初から最後まで聞いている橘君の顔がどんどん恐ろしくなっていって……
 話が終わった後、彼の瞳が私を射抜いた。

 あら、そんな怖い顔してもイケメンだなんて…でもあなた、乙女ゲームの攻略対象なんだからもう少し抑えたほうが良いと思うよ?

「……田端」
「顔が悪役みたいになってるよ。橘君」

 私はしこたま怒られた。


★☆★


 被害者なのにめっちゃ怒られた私は橘君をなだめすかせてなんとか犯人探しは待ってほしいと懇願した。
 まずは文化祭だ。破かれてしまった衣装は戻らないけども、出来ることはまだ沢山あるはずだから。
 私達の優先順位は文化祭でしょう? と言ったら渋々ながらも彼は納得してくれた。

 そして緊急時のためにと橘君に連絡先の交換をさせられた。
 橘ファンの嫉妬を買いそうだったので避けたかったけど、なによりも橘君が怖かったので交換しました。渋る様子を見せるともっと睨むんだもんあの人…
 大体緊急時って何よ。何も起きねぇよ。
 私はトラブルメーカーかなにかなのか。

 説教される私を見捨てた智香ちゃんは担任に報告してしまうし…どんどん事が大きくなっていく……
 朝のHRは私の被害を題材にした学級会に発展したのであった。


 その日の昼休み。私はしょんぼりと中庭で一人お弁当を食べていた。クラスの人の目に触れられたくなかったから。
 朝はクラスメイトの手前平気そうな顔をしていたが、一応私は凹んでいる。
 こんなにも激しい悪意をぶつけられるのは久々…いや物損の嫌がらせは今までにあっただろうか。今まで受けたいじめはほぼ精神面に来るものばかりで物的被害はそうなかった気がする。
 私が着るはずだった執事服は復元できないくらいビリビリにされており、そこから激しい悪意を感じた。

 イケメンに見えるメイクを研究して、当日はイケメン執事になろうと楽しみにしていたのに…
 

「アヤちゃんせんぱーい! チャーっす! どうしたんすかそんな暗い顔してー」
「…沢渡君」
「あっアヤちゃん先輩、文化祭の時俺のクラスのお化け屋敷来てくださいね!」
「…うん」

 私が一人で凹んでいるとそこへ太陽のような笑顔を浮かべた沢渡君が元気よく現れた。
 この子いつも元気だなぁ…

「アヤちゃん先輩のクラスって、男女逆転執事メイド喫茶っすよね? 俺も遊びに行きますね♪」
「……あぁ、いや…私は男装しないんだ…」
「え? …なんで?」
「………」

 ここでは沢渡君は部外者だ。
 言う必要もないし、彼に言った所でどうにかなるわけじゃないのはわかっていた。

 なんだけどついつい吐き出してしまった。
 話していると沢渡君は悲しそうな表情になり、ヨシヨシと私の頭を撫でてきた。
 年下の男の子に慰められてしまった。
 なんで彼に話してんだろうと私は苦笑いしていたが、目の前の彼が「俺に任せてください!」と頼りがいのある返事をしてきたのに目を丸くした。

「いや…犯人探しとかはしなくていいからね?」
「違いますよ! 取り敢えず当日には間に合わせますね!」
「えっ……」

 なにを?
 犯人探しは違うって本人が否定していたから違うとして…他にすることあるかな…?

 彼は元気よく何処かへと駆けていったので見送るしか出来なかった私は教室に戻ろうと腰を上げた。
 そして三年のクラスのある階へと向かっていた私は、ある女子生徒とすれ違いざまに肩がぶつかってしまった。
 その反動に転倒は免れたものの、よろけてしまった。

「…あっぶな…」
「調子に乗ってんじゃないよ」
「………」

 私を睨みつけてそう言ってきたのは同じクラスの女子二人組。
 私とは全然仲良くないけども、敵対するような関係でもなかったはず。
 なのに今の彼女たちは私への悪意を隠そうとしない。

「橘君が優しいからって図に乗ってんの? てかあんたが彼に釣り合うとでも思ってるわけ?」
「……何を言っているのか意味がわからないんだけど」

 釣り合う? 何を言っているんだ。私と橘君はただのクラスメイトだぞ。
 私は乙女ゲームの邪魔をする気はない。橘君を狙っているわけでもない。
 私モブ、彼攻略対象だからね。

「橘君にはね、すっごい綺麗な彼女がいたの」
「あんたなんか足元にも及ばないくらいね」
「だから身の程を知って、橘君から身を引きなさいよね」

 彼女たちはそう言い残すと私をその場に放置して立ち去っていった。
 橘君に彼女がいたのは知ってるけどそれを印籠のようにかざして……何がしたいの彼女たち。
 ……もしかして二人が復縁したから邪魔すんなってことだろうか?

 私は何もしてないんですけどね。するつもりもないんだけどね。

「………意味分かんない」

 私は呆然と突っ立っていたが、今のでわかった。
 多分、私の衣装をあんなにしたのはさっきの彼女達だ。証拠がないから追及できないけど、今の所思い当たるのが彼女たちだけだから。
 
 ……早速面倒事に巻き込まれたな。
 他人の目に付くくらい、私は橘君と接触しすぎてしまっていたらしい。

「…とりあえず、クラスメイト以上の接触を図らないようにするか」

 肩を落とし、深いため息を吐くと私はフラフラクラスへと戻っていった。


 橘君と必要以上親しくしない。
 一旦はそう誓った私だったが、私の意志とは別に関わらざるを得ない状況に流されていくのであった。



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