乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ 乙女ゲームのモブ姉・田端あやめの場合 後編


「平凡で地味だからって、あんたと比べられてきた私はね、ずっと身を縮めて生きてきたの! 妬む気持ちをあんたを避けることで我慢してきたのよ! 私だって努力してきたの、だけど…あんたの存在で…何しても無駄なのよ」

 どんなに努力しても本物の前ではハリボテ。決して認めてもらえないのだ。
 だから私は目立たないように生きるようになった。人の目に付かなくなれば、比べられずに貶されずに済むから。

「……ブスだから生きている価値はないって周りに否定されてきた私の気持ちあんたにはわからないでしょう? だから…あんたと同じ高校に行きたくなくて私は受験放棄したのよ! …あんたが嫌いだから! 顔も見たくないのよ!」

 言ってやった。正直に自分の気持ちをぶちまけてやった。

 和真はびっくりした顔をしていた。
 私は弟が嫌いだという態度を表に出していたが、本音を吐き出すことはなかった。
 これは私の正直な本音だ。言ってはいけないと今までセーブしていたけどもとうとう言ってしまった。

「だめ! そんなひどいこと言っちゃ!」
「!」
「和真くんのお姉さんよね? お姉さんなのにそんなこと…和真くんは何も悪くないでしょ? 心無いことを言ってきた人達が悪いんじゃないの」

 和真と一緒にいた少女が私の肩をガシッと掴んで、私を非難するような表情でそう指摘してきた。

 そんなのわかっている。
 そもそも私が言いたかったのは親に迷惑を掛けるなってことだ。弟の反抗に腹が立って思わず自分のヘイトをぶちまけてしまったけども。

 あぁ、でも私のこの怒りはどこにやればいいというのか。
 我慢していろというのか。
 私の性格が悪いということは重々承知だ。だけど弟さえいなければ私はこんなに苦しまなくても済んだはずなのだ。努力をしても報われない、弟がいるだけで謗られる。そんなのばかりなんだ。
 
 この気持ちを理解出来ないような人種に諭されても余計に怒りが増す。何もわからないくせにと。
 それが自分勝手だというのもわかってるが、溢れてしまった憎悪が抑えきれない。
 もう沢山だ。これ以上醜い人間になりたくない。自分が嫌いで嫌いで仕方がない。

 私を静止してきた少女の手を振り払って踵を返す。

「…とにかく、私はあんたのこと大嫌いだけど…父さんと母さんは違うから。これ以上親に頭下げさせないでよね。…成績が落ちたのはあんたの責任じゃないのよ。自分の責任なのに非行に走って親困らせて…甘ちゃんも大概にしなさいよ」

 そう一言残して私はその場を逃げるように立ち去った。ここにこれ以上いたくなかったから。



 私は人の流れに逆らうようにして歩いていく。人のいる場所を避けて人気の少ない神社に辿りついた。 

 ぶつん。

「!」
 
 足元で嫌な音が聞こえてきたかと思えば、下駄の鼻緒が千切れてしまっていた。

「うわぁ、どうしよう…」

 時代劇とかで鼻緒を直す描写があるが、方法までは見ていないから直せない。
 途方に暮れた私は仕方なく神社の石段に腰掛けた。

「………」

 静かな場所で一人になると、改めて涙が出てきた。拭っても拭っても涙が溢れて止まらない。
 いつまで私は弟の呪縛に囚われているんだろうか。
 いい加減大人になって開き直らないといけないのに。
 何のために受験を放棄したんだ私は。
 自分が幸せになるために選択したのに。

 私はただ、平穏に生きたいだけ。
 それだけなのに。

 私がスンスンと鼻をすする音しかしなかった場所に遠くから《ドーン》と花火が打ち上がる音が聞こえてきた。

「…花火」

 涙でにじむ視界に広がる七色の花火。
 私は泣くのを忘れて花火に見惚れていた。 
 折角浴衣を着ておめかししたというのに私は一人で顔もぐちゃぐちゃで鼻緒は切れてしまってなんて体たらく。
 私は一体何をしに来たのであろうか。
 そんな事を考えながらぼんやりと花火を眺めていた。

「…田端さん」
「!?」
「田端和真のお姉さんだったんだな君は」
「…あなたは…」

 そこに声を掛けてきたのは彼だった。
 名前は知らないけど、受験の時・先日の痴漢の件でもお世話になった人。
 なんでここにいるのかと思ったら、彼が答えをくれた。

「先程の流れを見ていた。一人で去っていくのが気になって跡をつけてしまった。すまない。……だが君は女性なのだから人気のないところに入るのは危険だ」
「…よくお節介と言われませんか」
「…否定はしない。だが本当のことだろう」
 
 お節介だけどこの人いい人なんだろうな。
 彼は私から少し離れて石段に腰掛ける。そして花火をしばらく見上げていたがボソリと呟いた。

「……比べられる辛さは俺にもわかる」
「……あなたが?」

 彼の言葉に私は鼻で笑ってしまった。

 進学校に通っていて、容姿にも体格にも恵まれたこの人が何を比べられるというのか。
 下手な慰めなど不要だ。知らない人にそんな話をされてもイラつくだけである。

「俺には優秀な兄がいてな、何をしても追いつけなかった。昔から周りに比べられたものだよ」
「…勉強なんて努力次第でなんとでもなるじゃないですか」
「…そうなんだがな。…自分の努力不足で本命の高校に落ちて…親兄弟を失望させてしまった。……それからは見捨てられてしまったけど」
「…あなたの高校進学校なのに? 随分エリートなご家系なんですね」

 ついつい重箱の隅をつつくように嫌味を言ってしまう。
 ぶっちゃけ今の私にはどんな苦労話も受け付ける余裕はない。正に悲劇のヒロインぶっている真っ最中なんだから。自分のことでいっぱいいっぱいなんだ。
 彼は私の皮肉に苦笑いしていた。その態度に苛ついた私は彼に八つ当たりをした。

「…そのお兄さんと容姿に関して比べられたことはありますか?」
「…いや、よく似てるとは言われるが…」
「…顔は、努力しても本物には勝てないんですよ? …私はずっと弟と比べられてきました。あなたみたいに整った顔立ちの人に慰められても苛つくだけなんですけど。馬鹿にしてるんですか?」
「…そんなつもりはないんだが…」

 彼は私の逆ギレに困った顔をしていた。
 彼に当たるのはお門違い? 
 わかってるわそんなの。
 とにかくイライラするんだよ。もしも目の前の人間がフツメンならここまで苛つくことがなかったと思うんだけど!

「弟は昔から何もしなくとも優秀で、私が必死こいていい成績を収めようと誰も認めてはくれなかった。むしろお姉さんなのにその程度なのって言われてきました」
「あぁ、それは俺と一緒だな」
「共通点それだけでしょうが。私はそれに加えて容姿もなんですよ! あなたの慰めは全然慰めになってないんです! イラつくからどっかに行ってください!」
「そしたら君は一人になってしまうだろう」
「一人になりたいんですよ!」

 なんなんだこの人は。私を苛つかせに来てるのか。手に持った下駄を投げつけたら何処かへ行ってくれるだろうか。

「…君は…自分の顔が嫌いなのか?」
「嫌いですね。出来るなら整形したいくらい」

 私は鼻息荒く返事してやった。社会人になってお金を貯めたらこの地味顔にメスを入れてやろうかと考えてるくらい自分の顔が嫌いだ。

 彼が石段から立ち上がった気配がした。
 やっと何処かに行ってくれると思ったのだが、こっちに近づいてきた。
 相手の行動が読めずにいた私はいつでも下駄を投げれる準備をしていると、彼の手が私のおでこに降りてくる。
 それと同時に私の視界がクリアになった。

「……何を隠してるのかと思えば…なんだ」
「!? なにするんですか!」
「前髪を切ったらどうだ。前髪が長いから気分まで暗くなるんだ。…それにもっと自信を持ったほうがいいぞ」

 前髪を持ち上げてくる彼の手を叩いて振り払うと、私は慌てて前髪を元に戻す。

「人の顔の印象は目が一番なんだぞ」
「だからなんですか! ブスだから隠したほうが楽なんです!」

 私は目立ちたくはないのだ。もう容姿を貶されるのは嫌なんだ! ほっといてくれ!

「ブス? 君は何を言っているんだ。十分可愛いだろう」
「は…」
「君の弟は確かにその辺にいない華やかな容姿をしているからそのせいで君の魅力が埋没してしまっているのかもしれない。…だけど君だって十分整った顔立ちをしているぞ?」
「……眼科行ったほうがいいですよ?」

 いきなり褒められ、混乱した私は彼に眼科への受診を勧めた。すると相手はムッとした顔をしていたが、いやガチで眼科に行ったほうがいいと思う。

「俺の視力は衰えていないし、そういう冗談も嫌いだ」
「いやいやいや…そんなこと言ってきたのあなたが初めてなんですけど…」
「君が俯いて目を隠しているから誰も気づけなかっただけじゃないのか? 君は可愛い顔立ちをしていると思う」
「…か、かわいい……?」

 今が真っ暗な夜で良かった。
 私の頬はひどく熱を帯びている。目の前にいるこの人にそれがバレていないから良かった。
 何故かドキドキと心臓が激しく跳ねて胸が苦しい。

 本当になんなのこの人。 


「…そう言えばそれ、とれてしまったのか?」
「…そうですね」
「俺には直せないから…よし、乗れ」
「……は?」

 鼻緒が取れてしまった下駄を見るなり、彼は私に背を向けて乗れと言う。
 全く知らない人におんぶしてもらうとか私にはハードルが高すぎて拒否していたんだけど「なら裸足で帰るのか?」と言われると言い返せずに、結局彼に背負われて私は家まで送られた。


「前髪ちゃんと切るんだぞ」
「あなたに指図される謂れはありません」

 親切な彼に対して私は最後まで可愛くない態度をとっていた。
 送ってくれたんだからお礼を言って見送ればいいのに、私はなんて素直じゃないんだろうか。
 祭りから返ってきてから様子のおかしい私を心配して両親がどうしたの? と聞いてきたが、しばらく彼のことが頭の中から離れなかった。



★☆★


 新学期の始業式の朝、私は前髪を気にしながら通学していた。道行く人誰も私を見ていないのはわかっているんだけど、どうにも気になって仕方がない。
 友達やクラスメイトにどんな反応されるか今からドキドキだ。


「おはよう」
「!」
「君のところも今日から新学期か?」
「…そうですけど…」

 初っ端から駅で彼と遭遇してしまって私はついつい俯いていたけども、彼が身をかがめて私の顔を覗き込んできた。

「…前髪切ったのか」
「…べ、別にあなたに言われたからじゃないですから」

 あぁまた可愛くない態度をとってしまっている。私は本当馬鹿じゃないのか。
 だけど私のそんな態度に気を悪くした風でもない彼は微笑んだ。

「ほら、可愛いじゃないか」
「……」


 彼の笑顔を見た瞬間、私の心臓がドクリ、と大きく跳ねた気がした。


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