乙女ゲームの影薄いモブのはずだけど、なんだかどこかおかしい。 | ナノ

▽ 敦くんと花恋ちゃん その後【前編】


「あっくん! 次あそこに行こう!」
「おい待てって、大志達置いていってるだろ」
「大丈夫だよ! 私恋愛成就のお水が飲みたかったの」
「あーそう。じゃあ俺は学業成就のほうでも」
「だめ! あっくんもこっち飲むの!」
「えぇ? 別にいいんだけど……」

 俺、修学旅行なう。
 6人一組で班を作ったのになぜか本橋と2人行動になっているなう。
 さっきまで後ろに班の奴らがいたのに、神隠しにでもあったかのように消えてしまったなう。
 ……京都の魔物の仕業か?

 2つ以上飲んだら願いが叶わないと言われている京都の名所・音羽の滝で、無理やり恋愛成就の水を飲まされた俺は仕方なく学業成就のお守りを購入して清水寺を後にした。

「ねぇみてみて花魁体験だって!」
「…こういうのちょっと苦手なんだよね…」
「そうなの? …派手だからかな?」
「ていうか俺、錦市場に行きたい。腹減った」
「えぇ!? 地主神社は!? あそこ恋占いの石があるんだよ!?」
「お前さっき水飲んだろうが。ああいうのは沢山願っても良くないんだぞ」

 恋愛スポットを中心に回りたがる本橋のワガママに俺は少々辟易していた。
 神仏に縋るより自力で頑張りなさいって。

「だってあっくんがいつになってもつれないんだもん! 神様に縋るしかないでしょ!」
「だからお前のそれは幻想だって」
「違うもん!」

 後夜祭の告白騒動からこいつは全力で俺にぶつかるようになった。
 それからも色々あちこちで攻略対象とのイベントが発生していて、やっぱりこいつはヒロインだなと実感しては俺は一歩下がった位置で傍観してきた。
 なのにこいつときたら攻略対象といい感じになっているのに飽きずに俺にアタックしてくる始末。
 初恋の幻想に取り憑かれ過ぎだと思うんだが。

 今月始めに弟のファンと色々と揉めてしまった俺は、その報復として真冬の資料室に一人で閉じ込められてしまった。そして翌朝高熱を出して資料室で倒れているところを教師によって発見された。
 学校を3日ほど休むことになった俺の見舞いに連日やって来た本橋はウチの両親と仲良くなっていて、どんどん周りを包囲されていっている気がするんだけど……違うって言ってんのに父さんも母さんも本橋が俺の彼女だって思い込んでるし。
 本橋の親や妹にも彼氏って思われてて、毎回否定するのに苦労している。あと本橋の家の犬(田中さん♂)にも懐かれてる。

 ……こいつがヒロインじゃなければなぁ。喜んで受け入れるんだけど。
 ……わかってる。自分が傷つくのが怖いから、こいつの好意を受け入れられないんだって。いつか攻略対象を選んで去ってしまうと思うと……無理だ。
 自分はただの臆病者なんだ。誰だって傷つくのは怖いだろ?

 本橋だって、本来の相手と結ばれた方が幸せになるに決まっている。
 ただこいつがそれに気づいていないだけだ。…そのうち、気づくに決まっている。


 門限ギリギリまで本橋に振り回されたものの、家族知人先輩後輩あてのお土産も全て買えたし、明日はのんびり回れそうだ。


☆★☆

「……部屋に戻りなさい」
「やだ! だってあっくんいないもの!」
「そりゃそうでしょうよ。俺は男なんだから女子と同じ部屋なわけないだろ」

 女子の部屋に行こうぜ! と同じ部屋の奴に言われたけど俺はゲーム実況動画を観たいので断って、一人で男子部屋の中心で布団に横になってスマホを眺めていた。
 ドアを叩く音がしたので誰か帰ってきたのかなと思って応対すると、そこには無防備なパジャマ姿の本橋の姿。
 俺はこいつがここにいる意味がわからなくて、本橋が部屋に入っていくのを許してしまった。

 俺がさっきまでゴロゴロしていた布団の上にちょこん、と座った本橋。
 …本橋さん、そのパジャマは卑怯だと思います。それ男子が好きなやつじゃん。白いもこもこのパーカーにお揃いのショートパンツ。勿論生足。
 こんな格好で男子部屋が振り分けられているフロアに来たのこいつ。馬鹿なのこいつ。襲われたいのこいつ!!
 
 俺は無言でホテル備え付きの羽織を本橋の足に被せた。
 俺は健康的な男子。
 だけど付き合っていない女の子とどうこうするするつもりはない!
 負けるな俺! 屈してはならない!

 キョトンとした顔で俺を見上げる本橋。
 俺は目を逸らしながら本橋の腕を引っ張った。

「ほら、送ってやるから部屋に帰れ」
「やだぁ! あっくんと一緒にいたいの!」
「だから! まずいんだって! 修学旅行中に男女が密室に二人きりとか外聞が悪いだろ!」
「大丈夫だもん!」

 何が大丈夫なんだか。強引に事を運ばれて、泣くのは女だろうに。
 立ち上がらせようと引っ張っているが、本橋は断固として動かない。少々乱暴になるが、持ち上げようと力を入れたのだが、本橋からの反撃にあってしまった。本橋は逆に引っ張り返してきやがった。
 予測していなかったそれに俺はバランスを崩し、倒れ込んでしまった。

 ……本橋の上に。

 本橋を押し倒したようなその体制に俺も本橋も目を丸くして数秒固まっていた。
 だが、いろんな複雑な感情が入り混じってしまって苛ついていた俺は、本橋の手首を取ると布団に縫い付けた。

「あ、あっくん…?」
「この手を振り解けるか? 無理だろ?」

 ぽかんとする本橋にそう問いかけてみたが、本人は状況が把握できてないようでマヌケヅラを晒していた。
 こうでもしないとこいつ理解できないんだろう。ちょっとした仕返しだ。

「…お前なぁ、俺は男なんだからこういう状況下だと性欲を抑えるのが大変なの。男ってのはな、時に本能に忠実になる恐ろしい生き物なんだからな」
「………」
「これに懲りたら二度とこういう無防備な行動……!?」

 恐怖を植え付けて説教してやった俺は本橋の手首の拘束を解き、上から退こうとした。
 …したのだが、俺の首に本橋の両腕が回ってきて引き寄せられたかと思えば、俺の唇に柔らかいものがぶつかってきた。

 目の前にはふるふる震える長いまつ毛。
 え、なにこれ。

 彼女いない歴=17年の俺は女の子にファーストキスを奪われてしまいました。
 ……普通逆じゃないの?

 ゆっくり本橋の唇が離れ、囁くように「…あっくん」と呼ばれた。
 本橋の潤んだ瞳を直視してしまった俺の心臓がドクンと強く跳ねたのがわかった。
 本橋のその瞳にいざな われるかのように、俺は本橋の桃色の唇に吸い寄せられて、その唇に自分から食いつこうとした。

 が。

「やっべー! 先生来ちまった!」
「大志が逃げ遅れたけど大丈夫か!?」

 そこに同じ部屋の奴らが帰ってきてしまい、見られてしまった。奴らはガヤガヤと部屋に入ってきて、そして俺達を見てぴしりと固まった。すっごい顔して固まっている。
 この体制じゃ言い訳のしようもないですよねー…

「…敦が、大人の階段を登っているだと…?!」
「くそ、うらやまけしからん!!!」
「青春しやがってー!!」

 男子たちに糾弾を受けそうになったが、俺は先に本橋を部屋に帰すことにした。
 不満そうな本橋を女子部屋に戻した後、俺は同じ部屋の男子に冷やかされたので、それがうざくて早めに寝た。

 
 

 翌朝、クラスの色んな人に冷やかされながら、俺は大志の背後に立っていた。
 昨日班の奴らが居なくなったのは、わざとだったらしい。
 そんな事頼んでないし、腹が立つから今日は大志のストーカーをすることにしたのだ。

「あっくん、あっちに雀の丸焼きがあるよ」
「一人で買ってきなさい」
「敦…お前こえぇよ……」

 いっそ大志の手でも繋いでやろうかと思ったが、変な噂が立ちそうなのでやめた。

 二日目は千本鳥居のある伏見稲荷神社に来た。
 外国人が多く、平日にも関わらず人混みがすごい。
 俺は大志を盾…目印に歩いていたんだが、本橋が早速人に流されていた。
 仕方がないのであいつの手を掴んで迷子予防をしてやると、同じ班の奴らが冷やかす目で見てきた。ムカついたので大志の手も掴んでやった。

 三人仲良く手を繋いで歩こうぜ?

 その写真はギャル井上の手によってクラスグループに上げられていた。



 その日の晩も本橋がやって来たが、玄関で追い返して、女子部屋に強制送還した俺を誰か褒めて欲しい。
 自分からは手を出して…未遂だからセーフ!

 俺の同室者達は女子部屋に忍び込んでいたのが先生にバレてしまい、キツく絞られて遅くまで帰ってこなかった。
 俺? 俺は部屋で一人で動画を見てたし、眠くなったらさっさと寝たよ。


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